第三十話 プロポーズ
今日三つ目の鐘の音が聞こえる。
日本で言えば午後三時くらいだが、夏なのでまだ日差しが強い。
親方には大好きな生ハムの原木を取られたが、その代わりとして屋台セットを手にする事が出来きた。
銀次郎が次に向かったのはソフィアのところだ。
明日から屋台を出店する事を報告しに来たのだ。
この間と同じ門番の兵士さんにセバスチャンを呼んでもらうと、すぐに馬車で迎えに来てくれた。
「急に来てしまい申し訳ございません。明日から朝市に出店するのでそのご報告をしに来ました」
セバスチャンはわざわざありがとうございます。
事前に言ってくれたら、迎えに行きますよと言ってくれた。
こんな時に携帯電話があると便利なんだけどな。
セバスチャンとコーヒーを飲もうとしたけど、すぐにソフィアが会いたいと言ってくれているらしくそのまま部屋に通される。
扉が開くとそこには、今日も素敵な笑顔で迎えてくれるソフィアとメイドのアメリーがいた。
「急に来ちゃってごめん。明日から朝市で屋台を出そうと思ってその報告に来たよ。夏祭りで出店する屋台の練習を兼ねてやってみようと思って」
するとソフィアは凄いね、サプライズだねと喜んでくれた。
微妙にサプライズの意味が違う気がするが、ソフィアみたいな美少女に喜んでもらって嬉しくない男なんかいない。
素直にありがとうと伝える。
「えへへ、私もギンジローにサプライズだよ」
ソフィアが出してきたのは、ギンジローと名前の刺繍が入った白いハンカチだ。
なんかマインツ伯爵家の紋章も入ってる。
「私が作ったの、ギンジロー使ってね」
あぁこれは本物のサプライズだ。
自分でもこんな表情が出来るんだと思うくらい、笑顔になっていた。
目の前の女性は、純粋に自分の事を喜ばそうとしてくれている。
そして自分は驚くくらいに喜んでいる。
まぁ、こんな気持ちにさせてくれたソフィアには、お返しをしっかりしないとね。
貰ったハンカチは大事に使わせてもらうと伝えてポケットの中に入れる。
セバスチャンが、紅茶を持ってきてくれたので喜びすぎて乾いた喉を湿らせた。
「ソフィアにもサプライズプレゼント渡すね」
ネットショップで購入した、ロイヤルブルーサファイアのネックレスをテーブルの上に置く。
「ソフィアの瞳と同じ色で綺麗だと思ったんだ」
メイドのアメリーは、はわぁわぁわぁと変な声を出している。
いつも冷静なセバスチャンも、なんだか分からないが驚いている。
銀次郎は喜んでもらえるかなと思ったのだが、なんか変な空気が流れ始めたのに気がついた。
なんだ? と思って考えてると、セバスチャンがわざとらしい咳き込みをする。
セバスチャンの方を見ると(ネックレス)(つけて)と合図してくる。
若い女性にネックレスをつけても良いのか迷ったが、貴族の世界では常識なのかもしれないのでネックレスを持ってソフィアの後ろに立った。
ソフィアの身体に触れない様に後ろから手を回すが上手くいかない。
震えた手で何回かチャレンジして、やっとつける事が出来た。
「嬉しい…… わたし一生大事にするから」
ソフィアが喜んでくれたので良かったと思った銀次郎は、本来の目的であった朝市の屋台の事を話す。
呑み仲間のハートマン親方に屋台のテーブルなどを作ってもらったが、銀次郎の好きな生ハムの原木を取られたちゃった事。
ハリーが商業ギルドのミリアさんに恋してるから応援したいという事など話した。
ソフィアは明日孤児院のボランティアだからお昼頃みんなで屋台を見に行くね。
ハリー先輩が好きというハンバーグも食べてみたい。
夏休みがあと一ヶ月ちょっとで終わってしまう。
また今度仲良し三人で集まるから、お茶会よろしくねと依頼を受けた。
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「コーヒーは落ち着きますね〜」
厨房の休憩スペースで、立ちながらコーヒーを飲む銀次郎とセバスチャン。
料理長のオリバーには、従業員用にパウンドケーキを渡しておく。
オリバーにはなんとなく似合わないが、一応料理長なので金平糖も渡した。
金平糖を受け取ったオリバーは、和紙で包まれた袋を開けガラス瓶を眺める。
だが、中のちっこいのは何だ? とあまり興味なさそうだった。
「砂糖で出来たお菓子でオシャレだからプレゼントに良いんですよ」
料理長のオリバーに伝えると、そんじゃこれ持ってけと大量のソーセージをもらう事になった。
若い料理人が練習で作ったから、形は少し悪いが味はいいぞと親指を立てて笑ってる。
ソーセージがたくさん入った袋を受け取ると、オリバーはこの場から離れていった。
オリバーの大きな背中を見送りながら、隣にいるセバスチャンにボソッと呟く銀次郎。
「ソーセージ好きなんですよ」
執事のセバスチャンが言うにはこの街でもソーセージは人気だが、塩をたくさん使うので滅多に食べれないそうだ。
確かにエール好きな冒険者達が多いので、ソーセージのせいで塩不足に陥るな。
「ギンジロー様、ソフィア様にネックレスを贈って頂きありがとうございました。ソフィア様とっても喜ばれていましたね」
隣で立ちながらコーヒーを飲んでいるので、セバスチャンと目線は合わない。
そう言えばあの時、いつもは冷静なセバスチャンが驚いてたな。
「見つけたのはたまたまなんですが、宝石が良かったでしょう。ソフィアの瞳と同じ色だったので似合うかなと思って。ただ大きい宝石付きのネックレスは相手の目線を下げさせる物なので、ソフィアには必要なかったかも知れませんね」
するとセバスチャンは、コーヒーを一口飲んでから黙ってしまう。
セバスチャンと飲むコーヒーの時間は楽しいので、別に沈黙は気にならないがいつもと違う空気を感じる銀次郎。
「ギンジロー様はご存知無いかも知れませんが昔、皇帝ベッケンバウアー三世というこの国を救った方がいるのです。戦争で婚約者が人質に取られたのを知った皇帝は、単騎で敵陣に入り無事婚約者を助け出しました。皇帝のその行動に兵士や民の心が動かされ国民総出で戦い勝利を収めました。そして皇帝は婚約者であるお姫様に瞳と同じ色の宝石が付いたネックレスを贈り、ご結婚されたという話があるのですよ。だからこの国では女性の瞳の色と同じネックレスを贈るということは、プロポーズを意味しております」
固まる銀次郎。
まさかの皇帝と同じ行動に驚きを隠せない。
確かにエルヴィスやマニーさんと皇帝ベッケンバウアー三世の物語を演奏したら、めちゃくちゃ盛り上がったもんな。
まぁでも男がプレゼントを渡すのは、プロポーズまでは行かないまでも同じ様なものだしな。
銀次郎は意を決して、セバスチャンの方へ向く。
「好意はあります。けどプロポーズとは知りませんでした。そもそも命を助けてくれた恩人ですし、年齢も離れているので、正直自分がソフィアの事を本気で好きなのかまだよく分かっていません」
恥ずかしいけど自分の行動が起こした事なので、セバスチャンに正直に伝える。
「大丈夫ですよ。実はソフィア様から、ギンジロー様は瞳の色と同じネックレスを贈る意味を知らないんじゃないかと言われまして、それとなく聞く様に言われたのですよ」
セバスチャンはコーヒーを飲みながら、目線を厨房の方へ向ける。
「先日、ギンジロー様のご友人の方が女性にネックレスを贈った話をしていましたね。男性が女性にネックレスを贈るという事は、好意があるという意味なんです。そして瞳の色と同じ物を贈るという事はプロポーズを意味しています。ギンジロー様がその事を知らないのは、何となく分かっていましたのでそこは問題ございません。ただソフィアお嬢様はギンジロー様にネックレスを付けるのを許していますので、ソフィア様自身は結婚しても良いと思われています。実際刺繍入りのハンカチを贈るのは、好意がありますという証ですから。マインツ家の紋章も入っていますので、もしギンジロー様に何かあった場合マインツ家が助けるという意味もありますが」
ハンカチにも意味があったのか……
何だか汗が止まらない銀次郎。
「ギンジロー様はプロポーズという意味は知らなかったが、ソフィアお嬢様にご好意はあるという事だけ伝えさせてもらっても宜しいでしょうか?」
銀次郎は額に流れてきた汗をハンカチで拭き、宜しくお願い致しますとセバスチャンに伝えるのであった。




