第二十九話 屋台製作
今日は昼前まで寝ていた銀次郎。
庭の井戸で顔を洗い頭をシャキッとさせ、服はクリーンの洗浄魔法で綺麗にして食堂へと向かう。
「ギンジローちゃんおはよー」
今日もクラーラさんの笑顔に癒される。
ハリーは朝早く薬草収集に向かった。
明日は商業ギルドのミリアさんと朝市でかき氷を出店するので、ハリーも手伝ってくれる事になった。
まぁハリーの場合は、ミリアさん狙いだけど。
ハングリーベアーで遅めのモーニングをたべ、まずはハートマン親方の鍛冶屋に向かう。
「親方いますかー、いますよねー、勝手に入りますよー」
もうここに来るのも三度目なので、呼んでも来ない事は分かってる。
一応声をかけてから中に入ると、工房では親方が剣を金槌で叩いていた。
その姿を椅子に座りながら眺めていると、親方が仕事を仕上げてこっちへと歩いてきた。
「なんじゃ? お前さんも好きじゃな」
そう言ってお酒を呑む仕草をする親方。
「違いますよ。今日はお願いがあって来たんです。今度屋台やるんで、親方に屋台作って欲しいんですよね。マジックバッグで持ち歩くから車輪は要らないので、調理スペースを広くした屋台を作って下さい」
「屋台を作れと言ってくるやつは初めてじゃな」
まぁこのお願いには勝算があり、親方お気に入りの亀甲ボトルウイスキーを見せるとすぐにOKがでる。
「ちなみにこんな感じの長テーブルは作れますか?」
メモ帳に書いた、お客さん用の屋根付き長テーブルを見せる。
「追加でもう1本じゃな」
「これに合わせた椅子は作れますか」
「そんなもん簡単じゃ、更に追加で1本もらうぞ」
「そしたらこんなゴミ箱は作れますか?」
「それなら素材をミスリルにせんか?ゴミの箱なのにお宝ってのが粋じゃと思うがの」
ふむふむ、さすが親方だ。
こっちが望む物以上を提案してくれる。
「でもお高いんでしょ?」
ふざけて聞いてみたが、親方には通用しなかったみたいだ。
「何を言ってるんじゃ馬鹿者が!良いものを作るなら当然だぞい。他に作って欲しい物があるなら今すぐ全部言え!オマエが満足するものを作っちゃるから!」
親方を怒らせてしまったが、職人さんは味方につけると頼もしい。
調理スペースとカウンタースペース、その他にも洗い場などを説明していく。
「お願いしてアレですが、今日中にテーブルと椅子だけでも作れますか?」
テーブルと椅子さえあれば、とりあえず明日の屋台はオープンできる。
急なお願いなので大丈夫かな? と親方を見るとちょっと機嫌が悪そうだ。
しかし銀次郎にはまだ手持ちの札が残っている。
「ちなみにこの達磨ボトルのお酒は、いつもの亀甲カットのボトルウイスキーと同じくらい、故郷で人気があります。少し甘口なんでこれだけで呑めますよ」
達磨ボトルを親方に見せると、すぐに奪われる。
「綺麗なボトルじゃな。しかし中身が肝心じゃぞ」
キャップを捻り、達磨ウイスキーの香りを嗅ぐ親方。
仕事中でまだお昼なのにラッパ呑みだ。
「プハァー染みるぞい。確かに甘口じゃが酒精は強い。これはこれでアリじゃな」
どうやら親方は達磨ボトルも気に入ってくれたようだ。
「もし今日中に屋台を仕上げてくれるなら、これもあげますよ。しかも二本」
銀次郎は勝ち誇った顔で、ウイスキーボトルをテーブルに並べる。
札束ならぬ、ウイスキーで頬を殴るスタイルだ。
これで勝ったと思った瞬間、親方は不気味に笑った。
「生ハムもじゃ。あれもつけるならすぐに作っちゃる」
生ハムの原木? 親方の狙いはウイスキーの他にこれもあったのか。
あれはスペイン産の36ヶ月熟成で、高いし貴重なんだよなぁ。
親方の顔を見ると、アレがなければわしゃ作らんぞと訳の分からない事を言ってる。
「生ハムは大好物なのに。持ってけドロボー」
銀次郎は涙目になりながら、生ハムの原木を渡す。
もちろん今回もナイフ付きだ。
親方はニヤリと笑う。
お弟子さんに道具と材料を持って来させると、あっという間に注文の品を作り上げた。
親方って凄いんですね……
しかもイメージ以上の物が出来あがっちゃった。
今日はいい仕事をしたぞいと言って、ウイスキーを呑み始める親方。
氷も出せと言われたから、ロックアイスも渡した。
生ハムの原木も取られて悲しいが、お弟子さん達には迷惑をかけたので金平糖とコーラも渡しておく。
親方に金平糖は渡さなかった。
アイテムボックスに注文の品を入れて、親方達と別れる銀次郎。
お日様はまだ高い。
照りつける日差しと、楽しみにしていた36ヶ月熟成の生ハムの原木を取られてしまった銀次郎の足取りは、工房に来る時とは違いとても重たかった。