第二話 セバスチャンとコーヒー
場所はマインツ伯爵家の厨房の端にある休憩スペース。
執事のセバスチャンと立ちながら珈琲を飲み、話をしている。
一息つきたくコーヒーを淹れたら、セバスチャンが興味津々だったので一緒に飲んでいる。
ちなみにブラックだ。
「このコーヒーという飲み物は香りが素晴らしいですね。黒くて不気味な液体だと最初は思いましたが、むしろこれが美しい。この独特な苦味も病み付きになりそうです」
うっとりとした表情で、コーヒーを見つめる初老の男性。
その様が妙にしっくりくる。
「ありがとうございます。実は紅茶よりこのコーヒーの方がお店では人気でしたよ」
厨房にいる料理人達は、珈琲は苦くて飲めないらしい。
砂糖をたっぷり入れてあげたら、何とか飲めるようになったが、砂糖は高級品なので贅沢すぎると言っていた。
セバスチャンはとても気に入ったのか、二杯目の珈琲を口にする。
「ソフィアお嬢様は目が良いのです。純粋に怪我をしている者を助ける人格も素晴らしいのですが、この服、靴、黒目、黒髪はなかなかいない。あの場所はあまり魔物は出ないが、武器も持っていないギンジロー様は違和感しか感じませんでした」
それにあの場所は…… と言いかけて
セバスチャンは何か言うのを止めた。
その後はたわいもない話をして、お茶会の打ち合わせは明後日という事にした。
セバスチャンとソフィア様の専属メイドの一人であるアメリーと、三人で馬車に乗り宿屋まで案内してもらう。
お城の門を出てしばらくすると、大通りに面した三階建ての宿屋に着いた。
大きなクマさんの看板が特徴的なこの宿屋は、元冒険家の夫婦が経営しており、肉料理が美味しいらしい。
冒険者や商人、旅人などがよく利用する宿なのだが、建物は大きく庭も広い。
馬車を停める場所と、馬小屋も用意されている。
この宿はソフィアお嬢様と縁があり、普段使う事はないが、お客様用として一部屋契約しているそうだ。
だから何日でも泊まって良いと言われた。
セバスチャンからは、今日のお茶代として大きな金貨が5枚が入った袋を渡された。
今度のお茶会費用とは別らしいが、金貨5枚だけで十分だと伝える。
メイドのアメリーは、宿屋の女性と話をしている。
どうやらこの宿屋で以前働いていて、その後マインツ伯爵家のメイドになったそうだ。
お客さんからも話しかけられていて、何だかいいなと感じる。
明後日のお昼、二つ目の鐘が鳴る頃に迎えに来てくれると約束し、執事のセバスチャンとメイドのアメリーと別れた。
食事代や、その他宿にかかる費用は全てソフィア様が払うと言われたが、そこは宿代だけでと丁寧にお断りしておいた。
貴族の方が相手なので失礼にあたるのかもしれないが、十分なお金をもらった事だし、コーヒーを二度と出さないよと言ったら、セバスチャンは笑って了承してくれた。
案内されたのは三階の広い部屋。
この部屋はマインツ伯爵家が借りあげており、他の部屋と比べて内装がしっかりしていると、案内してくれた宿屋の息子さんが言ってくれた。
名前を聞いたら僕はハンツだよ、よろしくねーと答えた。
クリクリっとした天然パーマで、栗毛の可愛らしい子供だ。
ちらっと見た宿屋の店主は、その名のとおり熊みたいに大きな身体をしていたが、息子さんはどうやら母親似らしい。
ハンツに風呂はあるか聞いたが、風呂は無く井戸で水浴びをするか、追加で銅貨3枚を払えば、お湯をタライに入れて持ってきてくれるとの事だった。
トイレは庭にある小屋にあって共同だが、下水道は整っていた。
宿泊者は朝と夜の食事のスープとパン、サラダが無料。
それ以外のメニューやお酒は別料金との事だった。
一通りの話を聞き、 部屋の鍵を受け取ると、案内してくれたハンツは元気に戻っていった。
特にやる事はなくベッドに横たわったが、お腹がぐぅっと鳴いたので、食堂に向かう事にした。
食堂では、ハンツが慌ただしく動いている。
主人とハンツより年上の息子さんが厨房にいて、料理を作っていた。
なかなか繁盛しているらしい。
そんな光景を眺めていると、奥様であろう方が優しく話しかけてきた。
「ようこそハングリーベアーへ。テーブル席はいっぱいだから、こっちのカウンター席に座ってね」
奥様は小柄で可愛らしい方だった。
名前はクラーラさんと言い、意外だが熊みたいな主人と一緒に冒険者をやっていたそうだ。
そんなクラーラさんが本日のメニューを説明してくれる。
宿泊者が無料の夜ご飯は、野菜スープとサラダとパン。
銀貨1枚払えば、今日はワイルドボアかロックバードのステーキがたべられる。
エールとワインは銅貨5枚だ。
「ワイルドボアとロックバード、どちらがオススメですか?」
わからなかったので正直に聞くと、ワイルドボアの方が今日は売れているらしい
ワイルドボアのステーキと、エールを注文し銀貨1枚と銅貨5枚を手渡した。
注文が届くのを待とうとしたら、すぐに木製のジョッキに入ったエールをハンツが持ってきた。
連携が取れているなと心で思いながら、エールのジョッキを手にするが冷えてはいない。
異世界のお酒はどんなものかと口をつけると、アルコール度数が若干低いが悪くない。
あっという間に呑み干しもう1杯注文。
「お前さん飲みっぷりがいいね。ここらじゃ見ない顔だが旅行かい?」
「旅行ではないですが、しばらくこの街で過ごそうと思ってます」
どうやら変な服を着た怪しい奴がいると思い、話しかけてきたらしい。
相手は冒険者グループで、問題あるかどうか確かめる為に話しかけたのだと。
知らぬ間に迷惑をかけていたので、お詫びにエールをご馳走して話し相手になってもらった。
エールを呑む時は、「プロージット」と言ってジョッキをぶつけ合うらしい。
異世界の乾杯方法を知り、この日は遅くまで冒険者たちとエールを呑み交わす銀次郎であった。