第二十二話 ウイスキーロック
「こんにちはー、親方いますかー?」
銀次郎は大声を出すが、何度呼びかけても誰も出てこない。
大きな金属音は聞こえるので、作業中なんだろう。
仕方ないので扉を開け工房に入ると、親方とお弟子さん達が鍛治仕事をしていた。
お弟子さん達はこっちに気づいたが、親方はすごい集中力でずっと作業をしている。
炉に火が入っており、部屋の中はものすごく暑い。
そんな中でこの集中力は凄いと思う。
お弟子さんにそのままと合図をして、銀次郎は座って鍛治仕事を眺める。
しばらく待っていると、親方が弟子に炉の火を落とすように指示。
その時に、椅子に座って待っていた銀次郎を見つける。
銀次郎は素早く立ち上がり、親方の近くまで行く。
「この間はありがとうございました。ちょっと記憶が飛んじゃったんですけど、ご迷惑を掛けなかったでしょうか?」
するとタオルで汗を拭きながら、親方がガハハと笑う。
「何を言っておるのじゃ。最高の酒じゃったぞい」
どうやら迷惑は掛けていなかったようだ。
少し安心したが、呑み潰れてしまったのは事実。
謝罪も兼ねて、老舗の高級羊羹を親方に渡す。
あとついでに、花屋さんで買った花も渡した。
親方は花には興味なく羊羹を手にとる。
「つまみか?」
そう言って袋を開け口に入れるが、酒呑みの親方には甘すぎたらしい。
お弟子さん達はすごくおいしいと言っていたので、羊羹はお弟子さん達のモノになった。
工房の中は暑く汗をかくので、羊羹は熱中症対策にも良いと伝えるが親方は興味がない。
「酒まだあるんか?」
たぶんウイスキーだとは思うのだが、あの時の記憶が後半なくなってるので確認する。
「これじゃよ。この精巧にカットされたガラス瓶も良いが、この中に入っていた酒精の高い酒が忘れられんぞい」
そう言って親方が、空の亀甲カットのボトルを銀次郎に見せながら笑う。
もちろんありますよと銀次郎は笑顔で返す。
日本のウイスキーが認められて銀次郎は嬉しかったが、ここは工房でとても暑い。
お弟子さんが用意した木のカップにウイスキーを注いだが、冷えていないのでアルコール分がダイレクトに伝わる。
「親方、今日は私の故郷の呑み方でも良いですか?」
親方はウイスキーがあれば良いとの事だったので、アイテムボックスからロックアイスを取り出す。
お弟子さんが用意してくれたカップにロックアイスを入れて、ウイスキーを混ぜ合わせ乾杯をする。
「プロージット!」
最初からウイスキーロックなのは気になったが、今日は歩き回ったのでどんどん入っていく。
お弟子さん達はそんなにお酒が強くないらしく、乾杯でウイスキーを呑んだ後は果実水を飲んでいた。
「氷で酒を冷やして呑むなんぞ贅沢で粋じゃな」
そう呟く親方を見て、銀次郎はソフィアに初めて会った事を思い出す。
あの時は捻挫をして、ロックアイスで足首を冷やしていた。
その時の反応に違和感を感じたが、氷は珍しいのかもしれない。
親方に氷は珍しいのか聞くと、夏場の氷は珍しいらしい。
氷魔法は上級魔法で使える人はごく僅かみたいだ。
ただこの世界、冬は雪も普通に降るので氷自体は珍しくないとの事。
お弟子さん達もロックアイスを希望したので、カップにロックアイスを入れコーラを注いだ。
「私の故郷のジュースです。たぶん一番愛された飲み物なので良かったら飲んでください。シュワシュワしていますがビックリしないで下さいね」
日本では当たり前の氷とコーラだが、お弟子さん達は美味しいを連呼する。
そして夏場に氷で冷やしたジュースはサイコーだと興奮していた。
もしかしたら氷ってすごく需要あるかも。
そう感じた銀次郎は、親方にお願いして台所を借りる事にした。
アイテムボックスから、喫茶店で使っていた手動のかき氷機を取り出す。
これは親父の時代から店で使っていたものなので、だいぶ古いタイプだ。
大きなロックアイスを使えばかき氷は作れるが、せっかくなんでスキルのネットショップを使い板氷を購入。
ついでに使い捨てのカップとスプーン、後は練乳とイチゴのシロップを購入する。
かき氷機に板氷をセットして、親方達の元に戻る。
熱気のある工房なのですぐに氷が溶け出し始めたが、テーブルにタオルを敷いてその上にかき氷機をセットする。
お弟子さん達は板氷に驚いていたが、親方はかき氷機を見ている。
銀次郎はカップを左手に持ち、右手でかき氷機の取手を回し氷を削っていく。
人数分出来上がったので、いちごのシロップをかけてお好みで練乳を入れるように伝える。
「みなさん溶けないうちにどうぞ。かき氷と言って氷のデザートです。夏場にピッタリですよ」
銀次郎が最初にいちごのシロップをかけると、お弟子さん達も真似してシロップをかける。
練乳に関してはチューブに入っているのが変なのか、恐る恐る練乳をかけている。
しかし一口かき氷をたべると気に入ったのか、お弟子さん達は一気にスプーンを動かす。
純度の高い氷でふわふわだから、頭はキーンってならないと思うけど心配だ。
親方はかき氷にウイスキーを入れてガブガブ呑んでいる。
表情はご満悦だが、いきなりその呑み方するか?
お弟子さん達はかき氷をお代わりだ。
かき氷機の滑らかな動きと、その作りを確かめながら自分で氷を削っていく。
親方はかき氷スタイルのウイスキーを何杯も呑み、それに付き合わされた銀次郎は当然の如く記憶をなくすのであった。