第十九話 お風呂
銀次郎はひどく疲れていた。
それは孤児院のボランティアでの事ではなく、この優雅な部屋の中での事だ。
ソフィア達と孤児院でのボランティア活動を終えた後、お風呂に入りたいと呟いてしまった事が始まりだ。
ソフィアの家には当然お風呂がある。
話を聞くと従業員用のお風呂もあり、そこはいつでも入れるとの事だった。
確かに貴族の家で働く人達にとっては、清潔さは大事だもんな。
従業員用お風呂を借りる事になり、お風呂セットを用意する銀次郎。
お風呂には大理石で出来たドラゴンの頭があり、口からお湯が出てきている。
お湯を出す魔道具でとても貴重な物だそうだ。
ドラゴンってのが異世界だよなぁと思いながら、お風呂を楽しむ銀次郎。
心身共にリフレッシュする事が出来た。
しかし銀次郎は大きなミスをしてしまったのである。
マインツ伯爵家には虎がいる事を。
「ギンジローさん来ているのなら教えてくれたらいいのに。都合をつけてもらったお化粧品とシャンプー、あれ凄くいいわ。また仕入れたらお願いね〜。ところで今日は娘のソフィアとデートだったの?」
とんでもない爆弾を投げつけられる銀次郎。
たまたま外出していたらソフィア達と会って、その流れで孤児院でボランティアをしてきたと説明したが……
「ソフィアって私と似ていて可愛いでしょ。学校でも人気あるみたいなの。ただあの娘それが嫌で壁を作っちゃって無愛想なのよ。それがギンジローさんと一緒にいる時はあんな笑顔になっちゃって。ギンジローさんが私の息子になってくれたら嬉しいんだけどねぇ」
この人、いやこの虎は何を言っているのだろうか?
ソフィアと自分じゃ歳の差が……って若返った自分だったら普通なのかな。いや違う違う。
頭を振る銀次郎。その姿を見て微笑む虎。
「ところでギンジローさん。いい匂いがするけどそれはなぁに?」
口角は上がっているが眼の奥は笑っていない。
「これはボディシャンプーと言って、この間お渡ししたシャンプーの髪ではなく身体を洗うものです」
「あらそうなの。そちらはもちろん?」
間髪入れず攻めてくる虎。
「はい、もしよろしければ御用意させていただきます」
「うふふふ。ありがとうギンジローさん」
その後はメイド長のコーエンさんを交えて、お化粧についての話をした。
銀次郎は化粧の事など分からないが、コンシーラーがお肌のシミやくすみを隠す働きがある事を伝えると、無い知識を絞り出されるのであった。
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ここはマインツ伯爵家厨房の休憩スペース。
執事のセバスチャンと一緒に、コーヒーを飲んでいる。
「何だか申し訳ございませんでした」
空気を読み、謝るセバスチャン。
虎からやっと解放されて一息つく。
ボディシャンプー代をもらい懐は潤ったが、気持ちはノーマネーでフィニッシュである。
喪失感でいっぱいだが、コーヒーとセバスチャンは裏切らない。
銀次郎にとって、セバスチャンとコーヒーを飲むのは居心地が良く好きな時間だ。
「この街に来てから凄いお金をもらっていますが、税金とかどうすればいいんですか?」
銀次郎はこの世界に来るまで、個人事業主として喫茶店を経営していた。
今はスキルのネットショップを使ってお金が入ってくる様になったが、税金について知っておきたかったのだ。
「そうですね。税金はありますがお茶会の代金や、個人の小さな売買ぐらいでしたら問題ないです。贅沢品や大きなお金が動く取引の場合は税金がかかりますが、ギンジロー様の化粧品についてはエルザ様が支払っておりますので問題ございません」
それはそれで問題なんだけど、税金の事は心配だったので取り敢えず安心する銀次郎。
「ただギンジロー様はこの街だけで収まる器の方ではないと思います。もし今後別の場所でも商売をされるのでしたら、今のうちに商会を立ち上げておいた方が良いかと」
信頼するセバスチャンからアドバイスをもらい、この世界での生き方を考え出す銀次郎。
自分がこの異世界で何をやっていくのか。
いつまでもダラダラしてちゃダメだなと思う銀次郎だった。
その後は夏祭りの事や、次はいつ孤児院でボランティアをするのか?
マインツ伯爵の事や、エルザ様とコーエンさんの事を聞いたりした。
セバスチャンの息子さんは、王都でマインツ伯爵の執事をやっているというのもここで初めて知った。
料理長のオリバーも顔を出したので、夏祭りの屋台は何が売れるのか聞いたりした。
メイドのアメリーも来たのでアドバイスを貰おうとしたが、甘いものを要求された。
アイテムボックスにイチゴミルクの飴があったので渡すと、気に入ってくれたようだ。
この飴を屋台で出したら売れるとアドバイスをもらったが、本当に売れるのかなと疑問に思う銀次郎だった。