閑話 カールハインツ商会
王都で有名な商会の商会長が、なんでうちの商会に来たのだろうか。
「突然来てしまい申し訳ございません。カールハインツと申しまして、王都で商会をしております。昨年うちの孫があなたに助けられたと聞きまして、お礼を伝えたくお邪魔致しました」
そう言えば確か去年の夏祭り。
王都からマインツの街に来た若い商人が、マインツの特産物であるワインを仕入れに来た。
ワイン樽をたくさん買ってくれたが、荷物を詰め込みすぎて馬車が壊れてしまったのだ。
夏祭りは仕事を休む職人が多く馬車が直せないと言ってたから、わしが直してあげただけなんだが。
「私の孫は恥ずかしながら世間知らずな所があり、修行を兼ねてマインツの名産であるワインを買い付けに行かせたのです。最近になってあの馬鹿者が、あなた様にお世話になったと聞き、お礼を伝えに来ました」
うちはワインを扱う小さな商会だ。
味に自信はあるが、それでも王都の有名な商会の商会長が来るような所でもない。
「あなたどうしましょう。お客さん用の紅茶、高いから買ってなかったわ」
うちは小さな商会でゆとりがない。
最愛の妻は何とかやりくりをしてくれているので、文句など言えない。
自分の稼ぎがもっとあれば、紅茶なんていくらでも用意出来たのだが……
「あなた、ヴェリーヌの店に紅茶があったはず。持ってきてもらう?」
果実水が美味いヴェリーヌの店。
若い男たちがヴェリーヌを口説こうと足繁く通っている店でもある。
女一人で店を切り盛りするには苦労も多いはずだが、紅茶が置いてあるとは知らなかった。
「頼む。商会長とお付きの方を含めると六人分。わしの分も含めると七人分か。大きな出費になりそうだが仕方がない」
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「ヴェリーヌさんごめんね無理言って」
「奥様大丈夫ですよ。それにちょうどおいしい紅茶が手に入ったばかりだったので。この細長い包みはお砂糖です。紅茶が冷めないうちに早くお客さんに持っていってください」
笑顔のヴェリーヌさんに感謝して、突然現れた商会長に紅茶を持っていく。
「すみません遅くなりまして。紅茶を用意致しましたので冷めないうちにどうぞ」
正直何を話していいか分からなかったので、紅茶を飲んで会話をつなげようと考える。
しかし妻がとんでもない事を言った。
「こちらはお砂糖です。お好みで紅茶に入れてください」
砂糖だと!そんなの聞いてない。
ヴェリーヌの店は良い店だが、紅茶だけでも高いはずだ。
それに砂糖まで付いてくるなんて、いったいいくらするんだこの紅茶は?
「この紅茶は香りが素晴らしいですね。砂糖まで用意していただきありがとうございます。冷めないうちに頂きます」
目の前のカールハインツ商会長は、カップを鼻に近づけ香りを楽しむ。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
商会長の真似をして香りを嗅ぐと、確かに良い香りだ。
そのまま一口紅茶を飲むと、鼻から脳天まで突き抜けるような香りで満たされる。
ふと商会長を見ると動きが止まっている。
砂糖なんて久しぶりだがもうやけくそだ。
白い筒のような物を手に取り、中を開けて砂糖を入れる。
何だと…… 砂糖ってこんなに白くてサラサラだったか?
一瞬動揺したが、目の前の商会長は紅茶を見つめたままだ。
危なかった……
スプーンで紅茶をかき混ぜ砂糖を溶かす。
再び紅茶を口にすると、脳天が痺れるほどの衝撃。
紅茶が美味しすぎて思わず顔が緩む。
商会長も砂糖を紅茶に入れる。
そして一口飲むと、また動きが止まる。
大丈夫かなと心配していると、やっとこっちを見てくれた。
「恐れ入りました。もし私がこの紅茶と砂糖と同じ品質の物を用意しろと言われても難しいでしょう。おそらく王都の他の商会でも同じです。今日はお礼を伝えるだけではなく、勉強もさせていただきました。本当にありがとうございます」
そう言って商会長は残りのワイン樽を、全て買っていってくれた。
しかも一樽大金貨1枚と、あり得ない金額で。
王都の貴族が、うちのワインを気に入ってくれたのでこの金額でも大丈夫らしい。
「また来年の夏祭りには、こちらにお邪魔させてもらいます。その時には今回以上のワインと、素晴らしい紅茶をご馳走してください」
商会長を見送り、疲れが出たが確認しないといけない事がある。
「ヴェリーヌの紅茶、あれ一杯いくらだ?」
「あなたごめんなさい。一杯銀貨1枚だったわ。七杯頼んだから銀貨7枚、やっぱり紅茶は高いわね。でもワイン全部買ってくれたから少しは元が取れたかしら?」
あぁそうか。妻はまだ知らない。あの商会長がとんでもない金額を払った事を。
妻を抱き寄せ頭を撫でる。
もう何年ぶりだろうか?
妻は紅茶代は高かったけどあなたが良い事をしたんだし、ワインも売れたし良かったじゃないのと笑ってくれた。
「今日はもう店を閉めて、ヴェリーヌの店に紅茶を飲みに行こう。あの紅茶お前にも飲んでもらいたいんだ」