第百八十八話 社交ダンス発表会
「決勝戦に進む三組を選ぶのって中々難しいわね。技術、表現力、コンビネーション、ダンスの構成の点数で本当に決めて良いものかと考えてしまうわ」
別室に集まったのはレイチェルさんとミリア、そして銀次郎の三人。
レイチェルさんが悩む姿を見ても、見守る事しか出来ない銀次郎。
「みんな頑張っていましたもんね。でも私からしたらレイチェルさんも頑張っていましたよ。それはみんなも同じ考えだと思うので、だから誰もレイチェルさんの決定に文句を言う人はいませんよ」
レイチェルさんの気持ちを落ち着かせる為に銀次郎は紅茶を淹れて、付かず離れずの場所で待機する。
「待たせたわね。この三組でお願いします」
決勝戦に進出する三組のリストをもらった銀次郎。
「レイチェルさん大変でしたね。みんなには控え室に集まってもらうので準備が出来たら呼びます。決勝戦進出の三組の発表をお願いします」
銀次郎は一礼をして控え室に行ってみんなに集まってもらう。
「お待たせしました。この後レイチェルさんから決勝戦進出の三組の発表をしてもらいますね」
銀次郎はレイチェルさんを呼ぶ前に、いくつかの説明をする。
発表の順番は選ばれた組の番号順であり、評価の高い順番ではない。
選ばれたペアは準備が整い次第前室へ。
残念ながら選ばれなかったペアは、ダンスホールで鑑賞するか控え室で待機をする事。
そしてまだ社交ダンスの発表会は終わっていないので、レイチェルさんへの質問や評価を聞くのは控える様にお願いもした。
銀次郎はミリアに目配せをして、レイチェルさんを呼んでもらう。
「社交ダンスは技術と表現力を磨く練習が必要であり、そこには努力と忍耐力が求められます。みんなはその苦しい部分と向き合い、今日の発表会で見事に素晴らしいダンスを披露する事が出来ました。この発表会に来てくれている家族や友人は、きっと貴方達のダンスを忘れる事はないでしょう。今回私は決勝戦に進出する三組を選びました。この三組に選ばれたペアは最後にもう一曲、貴方達を支えてくれた家族や友人達にいま出来る最高のダンスを披露してあげて下さい。そして今回選ばれなかったペアの皆さん。貴方達はとても輝いていました。今回は選ばれなくても、あの声援が答えです。誇りに思って下さい。では発表します」
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「大変長らくお待たせ致しました。それでは決勝戦に進出する三組が入場致します。ぜひ拍手でお迎えください」
司会者のミリアがアナウンスをするとダンスホールの照明が落とされる。
入り口に魔道具の照明があてられて入場が始まった。
「一組目は、マインツ第一級学校の名物先生だったパウル先生。そしてアーデルトラウト先生のペアです」
この先生のペアは息がぴったりで、ステップが力強かった。
男性のパウル先生は髪をビシッと決めており、激しいダンスをしても髪型が乱れない。
女性のアーデルトラウト先生の方は、笑顔を保ちながらあの力強いステップを続けていた。
また学校の先生を務めていたということで、生徒だった観客が多いのだろう。
声援が一番大きくて、その辺りは有利にだと思う。
「二組目は元シルバーランクの冒険者。ムーンライト・ハウンドのリーダーだったミツ・ヴォルフェンシュタインさんと、その娘さんのツェツィーリエさんのペアです」
親子で社交ダンスって仲が良いよなぁ。
元シルバーランクの冒険者って事は、キーランドさんと一緒か。
今はダンディな雰囲気だけど、めちゃくちゃ強いんだろうな。
肩が異様にデカくて、服の上からでも分かるあの胸筋もヤバイ。
娘さんのツェツィーリエさんは、奥さん似なのかな?
可愛らしい感じのお嬢さんだ。
「そして最後、三組目は準男爵で芸術家のアントン様。そしてパートナーは奥様のドロテーア様となります」
マダムのドロテーアさんは、エカード司祭が応援していた派手なドレスを着た御婦人だ。
パートナーの男性は芸術家だったのか。
特別な雰囲気を纏っており、いつの間にか目で追ってしまう魅力がある。
決勝戦の演奏は、みんな大好き皇帝ベッケンバウアー三世の物語。
草原を駆け上がる馬の蹄の如く、マニーさんが太鼓を叩き始める。
その音に合わせてまずは男性がステップを踏む。
激しいステップだが、息を切らしていないのは流石だ。
男性が華麗なステップを刻んだ後は、女性のステップが始まる。
そして皇帝ベッケンバウアー三世が、戦場でお姫様を救出すると抱き合うかのように組んで、華麗なダンスパートへと移る。
観客達は大きな声を出して応援。
涙を流す者さえいる状況に、会場内は一体感に包まれる。
「踊りというのは、こんなに良いものだなんて知らなかったぜ」
「先生すごーい。今度はダンスを教えて欲しいな」
最後に皇帝ベッケンバウアー三世が戦争に勝利し、凱旋をするかの様に決勝戦に残ったペア三組が優雅に踊る。
マインツ家と教会、そしてマニーさんのバンドで組んだ音楽隊も最後まで息の合った演奏を続けている。
あぁ終わっちゃうな。
この日一番盛り上がりを見せたところで演奏が終わる。
抱き合ったまま動かない三組のペア。
「ブラボー」
「サイコー」
「俺、今受けてる仕事がひと段落ついたら、社交ダンスを始めてみようかな」
「先生!大好きー!」
「ブゥラァッボォーゥ」
「ブラボー!」
三組のペアはお辞儀をした後、ダンスフロアを一周しながら観客達に手を振る。
「いやー、社交ダンスがこれ程までに素晴らしいとは知らなかった。帰ったらウチでも社交ダンスの発表会を開催してみるかな」
「それは良い案じゃな。私も戻ったらさっそく社交ダンス場に行って話をしてみよう」
隣にいる司祭さん達が、社交ダンスの発表会に興味を持っている。
ぜひこの国の各地で、社交ダンスの発表会を実現していって欲しいものだ。
「ギンジローさん。別室に戻って表彰を決めましょう。私もアナウンスをしたらすぐに向かいますので」
順位は一位から三位までしか決めないが、参加者の多くを表彰する為に様々な賞を用意していたのだ。
銀次郎は別室に戻り、レイチェルさんと表彰の話をする。
司会者のミリアは観客に、この後表彰式とパーティーを開く事を伝えたのであった。