第百八十三話 勝負の二択
「エルザ様がお待ちですので」
パーティーでの食事の試食と打ち合わせをしていると、コーエンさんから声が掛かった。
美容関係の話になるといつも受け身になるので、今日は前向きに話をしようと決めた銀次郎。
「失礼致します」
コーエンさんに連れて行かれ部屋に入ると、エルザさんとミリアが待っていた。
紅茶を飲みながら世間話をして、本題の下着の話に突入。
まずはコーエンさんから。
「この下着を一度でも使ってしまったら、もう元に戻る事はできません。メイド全員を代表してギンジロー様に感謝の気持ちをお伝えさせて頂きます」
コーエンさんが深々とお辞儀をすると、ミリアも同じ様にお辞儀をする。
「私は商品を仕入れる事しかできないので、そんなに畏まらないで下さい。普通の白色と肌色の下着でしたら、安価でいくらでも仕入れられますので。あと私は男ですので今後試着をする場合は、このマネキンという人形を使いましょう」
ネットショップって何でも売っていて便利だ。
金貨2〜3枚くらいの物が多かったが、中には金貨5枚のマネキンも売られていた。
相当な出費となってしまったが、精神衛生上必要経費だと割り切った。
「ギンジローさんの故郷にはこの様な人形もあるのですね。脚が長くて身体は細くて私の憧れの体型です」
ミリアが口を尖らせながら言うとエルザさんは、ミリアは可愛らしくて素敵よ〜と褒め、コーエンさんもそれに同調する。
女性同士の褒め合いの会話に、銀次郎は存在感を消して時間が過ぎるのを待つ。
「ねぇ、ギンジローさんもそう思うわよね?」
やばっ、聞いてなかった。
急に話を振られたがどうする?
そう思うか思わないかどっちなんだい。
まぁエルザさんが聞いてくるのだから、同調するのが正解だろう。
銀次郎は聞いていなかった事を表情に出さない様にして、エルザさんの目をしっかりと見る。
「はい。私もそう思います」
沈黙が怖い……
突如として現れた究極の二択。
正解なのか不正解なのか……
「ほらギンジローさんもそう思うわよね。コーエンとミリアはギンジローさんに相談しながら進めてね」
どうやら命拾いをしたようだ。
今日は受け身にならないと決めていた銀次郎は、何の武器も持っていないが敢えて一歩踏み込む。
「コーエンさん、ミリア、どうします?」
先にジャブを打って相手の反応を待つ銀次郎。
「まず確認ですが本当にこの白色と肌色の下着でしたら、安価でいくらでも仕入れる事が出来るのでしょうか?」
コーエンさんからの質問に、銀次郎は手を前で組み力強く出来ますよと伝える。
実際にお金さえあれば、ネットショップスキルでいくらでも仕入れる事が出来るからね。
「それはいつまでに仕入れる事が出来ますか? あとギンジローさんの販売価格はいくらになりますでしょうか?」
ミリアからの質問に、社交ダンスの発表会が終わればいつでも仕入れる事が出来る。
普通の下着は生活に必要だと思うから、仕入れ値で構わないと伝える。
「ギンジローさんも本気なのですね。分かりました。商業ギルド員の教育も早急に進めます。コーエンさんこの後お時間宜しいですか? 話を進めていきましょう」
コーエンさんとミリアは、何やら今後の話をするので別室へと行ってしまった。
コーエンさんの代わりに現れたのはセバスチャン。
銀次郎は二択に勝利したので、コーヒーを淹れてもらう。
「あなたは欲の無い人ね。嫌いではないけどゴールドランクの商会にならないと、ソフィアとは一緒になれないわよ。応援しているけど貴族にも色々とあるのも分かって頂戴ね」
エルザさんはしっかり稼いで、早くゴールドランクになりなさいと応援してくれた。
「これでも充分過ぎるほど頂いておりますので。勝負下着や、盛りに盛った寄せて上げる下着を今後売る時には、その分稼がせてもらいます」
「それが良いわね。最後に何か困っている事はある?」
いつもの様に、何か困っている事がないか聞いてくるエルザさん。
偉い立場の人が、この様に気にかけてくれる事に感謝しないとな。
特に困った事はないのだが、ふとエルザさんが困っている事はないのかを聞いてみる銀次郎。
今日は受け身ではなく、踏み込むのが武士道なのだ。知らんけど。
「そうね……うちのパパと息子は王都に居るでしょ。あれは人質なの。息子のどちらか一人でも此処に帰って来る事ができれば、パパに会いに行けるのにね」
珍しくエルザさんから愚痴がこぼれた。
銀次郎にとって目の前の女性は、絶対的王者の虎だと思っていたが人間だったんだな。
面談も終了したので、マインツ家の従業員お風呂を借りてさっぱりと。
さて明日はのんびりして、明後日の社交ダンスの発表会に備えよう。
両手で頬をバチンとやって、気合いを入れる銀次郎だった。