第百七十話 トリュフ
昨日はヴェリーヌさんに新しいお店が、もうすぐ完成する事を伝えた後、レイチェルさんのダンスホールに行って、社交ダンスの発表会の確認を行った銀次郎とミリア。
レイチェルさんは発表会が待ち遠しくて、仕方がないといった様子だ。
レイチェルさんのダンスへの情熱が、本当に良い刺激になる。
今日は大聖堂に行ってから、マインツ家に行く予定だが、まだ少し早いので朝市の市場調査に行く銀次郎とミリア。
屋台を見ながら歩いていると、ミリアが外商の事について話し始める。
「王都ではエミリアがガイショーの事ばかり話すので、今日は楽しみです」
「今日は外商というよりは従業員用販売会みたいな物だよ」
「それでも良いんです。エミリアが凄く勉強になったって言っていましたから」
あの時はエミリアについて来てもらったんだけど、そんな風に思ってくれたんだ。
何だか嬉しいな。
そんな事を思いながらミリアと朝市の市場調査をしていると、観光客向けの果実水の屋台を見つけた。
銅貨2枚で果実水を注文するがやっぱり薄い。
ヴェリーヌさんのお店の果実水が銅貨1枚で、この屋台の果実水は銅貨2枚。
ますますヴェリーヌさんを応援したくなる銀次郎だった。
「すみません。レイノルド助祭はいらっしゃいますか?」
大聖堂の受付で訪ねるが、レイノルド助祭は朝から外出しているとの事だった。
だがお昼前には戻る予定らしいので、その間にエデルとハリーがいる食堂に通してもらう。
「エデル手伝うよー」
お節介な銀次郎は、エデルの仕事を手伝いハリーとミリアを二人っきりにする。
もちろん聞き耳はしっかりと立てて、二人の甘い会話は逃さない。
「ギ……ギンジローさん?」
振り返るとそこには女教師コスプレの眼鏡をしたレイノルド助祭が立っており、ハリーとミリアの甘い会話を盗み聞きしてニヤついていた顔を見られてしまった。
「いえ……あの……ごめんなさい」
別に悪い事はしていないけど、咄嗟に謝ってしまう銀次郎だった。
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「結論から申し上げますと、希望者が多いので皆に説明をお願いします」
ヴェルナー司祭の部屋に通された銀次郎とミリア。
レイノルド助祭の話だと、孤児達は横のつながりが強い。
同じ境遇で育って来た仲間達と一緒に仕事ができて、しかも成功したら独立の道も用意されている。
それにお世話になった教会から話があり、聞けば領主様が関係しているとあって話を聞きたいそうだ。
「レイノルド助祭ありがとうございます。ぜひ説明会の方をやらせて下さい。それとレイノルド助祭と教会の皆様に何かお礼はできませんか?」
レイノルド助祭が孤児達に話をしてくれたから、興味を示してくれたと感じた銀次郎。
「そう言ってくれるのは嬉しいですが、これは孤児達でなくても興味のある話ですよ。生活が保障されているのですから。むしろこの様な話を持って来てくれてありがとうございます」
レイノルド助祭はメガネをクイっとしてこっちを見る。
ん? なんだ? この間は?
なぜだかドヤ顔でこっちを見続ける助祭。
「あの〜そう言えばレイノルド助祭の眼鏡は少し特殊なものでして……良ければ皆さんと同じ眼鏡もご用意できますが……」
前回も眼鏡を用意したら喜んでくれたし、さすがにもう女教師コスプレの眼鏡は罪悪感を感じる。
「ありがとうございます。ただこちらのメガネはヴェルナー司祭から頂いた物であり、私自身大変気に入っておりますので」
今度はヴェルナー司祭の方を向き、クイっとするレイノルド助祭。
気に入っているのならいいけど……
「いくつか手持ちの眼鏡がありますので、教会の方で困っている人に渡してあげて下さい」
銀次郎はテーブルの上に眼鏡を置くと、お気遣いに感謝致しますとお祈りを捧げるレイノルド助祭。
説明会の日程が決まったら連絡して下さいと伝え、部屋を出た銀次郎とミリアは一度商業ギルドに戻り、セバスチャンが迎えに来てくれるのを待つのであった。
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セバスチャンの馬車でマインツ家に着いた銀次郎とミリア。
エルザさんに養鶏場の件と冒険者ギルドへの依頼の件を伝えるが、今日はどんな商品が出てくるのか質問攻めに合う。
前にも言ったが今回は使用人の方々への販売であり、お菓子や紅茶などの日用品ですよと伝える。
まぁそれだけでは許してくれないと思うので、エルザさんが好きなブランド物も仕入れてはあるけどそれは内緒だ。
「夜はまたみんなで食事とお酒を呑んでもいいですか?」
「構わないわよ。好きにしなさい」
エルザさんから了承を得たので、銀次郎は厨房に向かい下準備を行う。
ミリアはコーエンさんにお化粧を教えてもらう事に。
この世界で美容の第一人者であるコーエンさんに、学ぶ事がたくさんあるのだそうだ。
「坊主また味見してくれねぇか?」
オリバーがハンバーグの新作を作ったので、味を確かめる。
今回はマインツらしさを追い求めて、森で採れるマインツ産のきのこ類を豊富に使ったハンバーグだ。
芳醇な香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立たせる……ってコレはトリュフじゃね?
「オリバーちょっとこの食材まだある?」
「ん? まだあるぞ」
オリバーが見せてくれたのは、間違いなくトリュフだった。
銀次郎は湿った布巾で汚れを落としてから、スライサーを使ってトリュフを削る。
「これはヤバい」
トリュフはとても貴重で高価な物だと伝える。
このトリュフはマインツ家の裏にある山でオリバーが採ってきたもので、確かに市場には出回っていないが、高いものだとは思っていなかったらしい。
「このトリュフ全部売ってくれないかな?」
「こんなの山に行けばすぐ採れるぞ」
銀次郎は今あるトリュフを全部貰って、代わりに今日オリバーが買う分から値段を引く形で話をまとめた。
これもエルザさんに相談しないとな。
「まだ時間があるからもう少し採ってくっかな?」
オリバーは裏の山ですぐに採れるからといって、出かけて行ってしまった。
トリュフって土の中に埋まってて、見つけるのが大変だとか聞いたけど、本当に簡単に採れるのかな?
もしかしてトリュフじゃないのかも。
銀次郎にとってあまり馴染みのないトリュフだが、それでもこの香りはやっぱりトリュフだ。
思わぬ発見をした銀次郎は、トリュフを使った料理って何があったっけと頭の中をフル回転させるのであった。