第百六十九話 現実逃避
「ギンジローちゃんおはよー。昨日はありがとねー」
今日の朝もクラーラさんの笑顔に癒される。
だがツケてもらっていた昨日のエール代を支払うと、眠気が一気に吹っ飛んだ。
気分良く酔っ払って道ゆく人にもエールをご馳走してた気がする。
まぁお祝いだし、楽しかったからね。
支払った金額に現実逃避する為、自分への言い訳を探す銀次郎だった。
さすがに食欲はないので、スープだけ飲んで商業ギルドに。
ミリアに昨日のお礼をされたので、楽しかったねと大人の余裕を見せる。
本当は支払った金額が頭から離れないのだが……
「エミリアは?」
ヴェリーヌさんの店に行っているそうなので、まずはミリアと一緒にエルザさんの所へと向かう。
ミリア達が戻った事を伝え、海産物を仕入れる依頼を冒険者ギルドにしても良いか確認をする。
「いつになるか決まったら教えて頂戴。二名の料理人にも行ってもらうから」
港町での買付に料理人を同行させて、どの様な物があるのか調べさせるようだ。
料理人にとってそれ絶対に楽しいでしょ。
「あと皆さんの外商ですけど、仕入れは完了しましたのでいつでも大丈夫ですよ」
「待ってたわよ。声をかけておくから明日の夕方で良いかしら?」
エルザさんにお願いしますと伝え、銀次郎は書斎を出る。
「セバスチャン、この荷馬車を繋げてもらってもいいですか?」
親方に作ってもらった魔道具の冷凍庫仕様の荷馬車を馬に繋げてもらい、セバスチャンに動かしてもらう。
「荷馬車としては特に問題はございません」
次に豚肉とペットボトルの水を入れて、凍るか確かめる。
ボタンを押すと冷たい空気が流れ込んできたので、多分大丈夫だろう。
観音開きになっている冷凍庫の扉を閉めて、今日一日様子を見てもらう。
「こちらの荷馬車は馬を離して置いておきますので、あちらの馬車にお乗り下さい」
セバスチャンに促されて、銀次郎とミリアは馬車に乗り冒険者ギルドへと向かうのであった、
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「ここが冒険者ギルドかぁ〜。何だか緊張するね」
「そうですか? 建物の大きさは商業ギルドとあまり変わらないですよ」
扉開けて冒険者ギルドに入ると、受付にローザちゃんの姿を見つける。
「すみません急に来ちゃって。前に話した港町の護衛の件、正式に依頼しに来ました。どうしたら良いですか?」
「後はギルドに任せてくださいと言いたい所なのですが、ウチのギルド長がギンジローさんと話しをしたいと言っておりまして。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
サクッと依頼を済ませたかった銀次郎だが、マインツ家からの依頼なので、ギルド長にも話はしないといけないよな。
冒険者ギルドのギルド長とは、マインツ家で行われたバーベキューで会った事があるし仕方がないか。
銀次郎とミリアはローザちゃんに案内されて、ギルド長の部屋へ。
「やあ先日はどうも。領主様の食事会は楽しい時間だったね」
ギルド長のマテウスさんと握手をして挨拶をし、テーブル席へと座る。
「一応確認だけど、君がマインツ伯爵家の代理人で間違いないかい?」
「はい、今回の護衛依頼はマインツ伯爵家のエルザ様からの依頼となります」
ギルド長のマテウスさんが、紅茶を依頼しローザちゃんは部屋を出る。
「失礼だったら申し訳ないが、マインツ伯爵家の代理人で、商業ギルドのミリア嬢を引き連れるって、もしかして貴族だったりする?」
「いやいやいやいや私がですか? 私は貴族でも何でもなく一般人ですよ。それに代理人って言っても実際は雑用係みたいなもんですから」
銀次郎が必死に否定すると、マテウスさんは変な質問をしてしまって申し訳ないと謝ってくれた。
少し気まずい空気が流れたが、ローザちゃんが紅茶を淹れて戻って来たのでミリアを交えて本題に入る。
「まずはローザちゃ……ローザさんと、キーランドさんの結婚のお祝いでもあるので、通常の護衛の倍の金額をマインツ伯爵家でお支払いします。その上で守秘契約も別途お願いします。キーランドさんにはすでに伝えていますが、今回の護衛に関して重要な情報は外に漏らさない事を約束して下さい」
するとミリアが作成した、守秘契約の書かれた羊皮紙を確認するマテウスさん。
「内容に関しては特に問題はない。キーランド達に確認してから正式な契約で良いかな?」
マテウスさんが契約書をミリアに返し、細かい条件と依頼の金額を話し合う。
そして手付金を支払い、正式な契約後に残りのお金を払う事を伝え部屋を出る銀次郎とミリア。
「ねぇミリア。マテウスさんって冒険者ぽくなかったけど、ハリーみたいな魔法使いの冒険者なのかな?」
「いえ。あの方は子爵家のご子息ですね。冒険者ギルドは独立した組織ですが、家を継がないご子息の方が上位職になる事は多いです。特にマインツの様な大きな街ではその傾向が強いですね」
もちろん有名な冒険者が引退してギルドに入り、ギルド長になる事もあるのだがそれはごく僅かしかいないそうだ。
いくら腕っ節があっても、数字に強くなければ組織を運営する事が出来ず税収も上がらない。
意外な事実を知る銀次郎であった。
「カールさん、ユルゲンさんこんにちは。もう殆ど完成しているじゃないですか?」
冒険者ギルドを出てヴェリーヌさんの新しいお店に行くと、カールさんとユルゲンさんが休憩中だった。
「そうですな。内装はもう少しですが外装はギンジローさんのガラス窓を取り付ければ、ほぼ完成しますよ」
カールさんは汗を拭いながら、銀次郎がいなかった間に進めた工程を教えてくれた。
「こっちは準備出来てるぞ」
ユルゲンさんの息子さんやその若い衆は現在休暇中だが、いつでも最後の仕上げの応援に来てくれるとの事だった。
明日はマインツ家に行くので、明後日に手伝ってもらえるようにお願いする。
「ユルゲンさん相談なんですけど、ここが終わったらまた息子さん達は新しい養鶏場作りに行きますよね? あそこで更に牛や豚も育てていこうと思ってまして、追加の依頼が出来るか聞いて貰えませんか?」
「何だよ景気が良いな。息子には伝えておくから、明後日会った時に詳しく話をしてくれ」
カールさんとユルゲンさんと約束し、そのままヴェリーヌさんのお店へ。
王都から戻って来たばっかりなのに、エミリアが店で手伝いをしていたので、こし餡と粒あんのアンパンを差し入れる。
その後閉店してからヴェリーヌさんに明後日の事を伝え、最後の仕上げに立ち会ってもらう事にしたのだった。