第百六十一話 レンガ
今日も朝からヴェリーヌさんの新しいお店作りの手伝いだ。
アイテムボックスに収納してある木材を取り出し、カールさんとユルゲンさんが釘を打ち込んでいく。
もう手慣れたもので、作業のペースが最初に比べて早くなった気がする。
「おい」
銀次郎が声のあった方向へ振り向くと、そこには親方の姿が。
「どうしたんですか? 剣なんか持って危ないですよ」
親方が手に持っているのは、昨日凍った肉の塊が嘘のように切れた片手剣だった。
「オマエは護身用の武器も持っとらんから、何かあったらそれを使え。あとこれもじゃ」
今度は豪華な箱を親方から受け取ったので、中身を確認すると包丁のセットが入っていた。
それぞれの包丁には自動修復の魔法が付与されているが、切れ味が気になったらいつでも持ってこいと親方は言ってくれた。
「親方嬉しいです。ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
「礼なんてそんなのはいらん。それより何か手伝う事はあるか?」
親方に手伝ってもらうなんて考えてもいなかったけど、鍛冶職人だから大工仕事もできるのかな?
自分よりはできそうだけど、せっかく手伝ってもらうなら親方にしかできない仕事をお願いしたい。
ヴェリーヌさんの果実水のお店で、あったらいいなと思う物のイメージを親方に伝えていく。
「まったくオマエの頭ん中を、一度カチ割って確かめてみたいもんじゃな」
日本ではあたり前の物が異世界にはないのだが、しかしこの世界には魔法があり魔道具がある。
銀次郎が用意できる素材は、明日にでも持っていく事を伝えると親方は工房に戻って行った。
「カールさん、ユルゲンさんすみません。明日から何日か来れないと思うので、今のうちにやっておきたい仕事ってありますか? 重たい物を使うやつで」
ユルゲンさんは少し考えてから、この後の時間はレンガを使う壁と暖炉の部分を進める事を決める。
「ここ」
「レンガ」
「次ここ」
「はいレンガ」
まるで餅つきの様なリズムで、レンガの作業を進めるユルゲンさんと銀次郎。
「ユルゲンさんこの一列、一気にレンガを乗せてもいいですか?」
「そうきたか。レンガの固定剤を一列塗るから少し待ってろ」
セメントの様な物を塗ったユルゲンさんがこっちを見たので、銀次郎がレンガの一列置きを試してみる。
「レ〜ンガ」
別に声に出さなくてもレンガは出せるのだが、声を出した方がレンガを出しやすい身体になっている。
「凄いな。もし仕事に困ったらウチに来ないか?」
ユルゲンさんは銀次郎のスキルに呆れ顔だ。
マジックバッグ持ちの人間に会った事はあるが、こんな正確に物を置けるなんて聞いた事がない。
この技術だけで一生食っていけると、大工さん目線で教えてくれた。
「ギンジローさんの素晴らしい所は、正確に物を出せる事だけではなくてその容量ですよ。前にも言いましたが、この仕事が終わったらウチの商会の木材の切り出し手伝ってくださいね」
全てはアイテムボックスのおかげなのだが、褒められて嬉しい銀次郎。
このスキルをくれた野良猫のアオに感謝しつつ、作業を進めるのであった。
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「それでは明日からは二人でお願いします。缶コーヒーとアンパン、後はクリームパンを渡しておきますね」
「おー任せとけ」
「クリームパンがあるとレーアが喜ぶのですよ。ギンジローさんありがとうございます」
二人と別れた銀次郎は、レイチェルさんのダンスホールに行って、社交ダンスの発表会の進捗確認。
そろそろ戻ってくるはずなのだが、王都に行った後音沙汰のないハリーとミリア。
社交ダンスの発表会までに戻ってくると思うが、もし戻って来なかった場合を考えて打ち合わせはしておく。
「この後マインツ家に行ってきますけど、何か確認したい事はありますか?」
「出来ればもう一度ダンスの練習を、マインツ伯爵家のダンスホールでしたいって声はあったわね」
「それなら大丈夫だと思いますが、一応確認しておきますね」
レイチェルさんと別れ、銀次郎はマインツ家へと歩いて向かう。
「ギンジロー様、こちらでお待ち下さい」
マインツ家の門まで辿り着くと、いつもの門番さんとセバスチャンが出迎えてくれた。
「ギンジロー様、馬車にお乗り下さい」
セバスチャンが門の前で待っていた理由を聞くと、銀次郎が歩いてくるのを見つけた門番さんが、セバスチャンに知らせてくれたそうだ。
「エルザさんと話をしたいんですけど、その前にお風呂を借りてもいいですか?」
クリーンの魔法はかけたけど、やっぱり汗をかいた後はお風呂に入りたい。
「実は今、エルザ様にお客様が来ています。少し時間が掛かりそうですので、夕食を取りながら話をする形でも宜しいでしょうか?」
「それならばデザートを作りますよ。今後の事もありますので、まずはオリバーと相談してみますね」
銀次郎はお城に着くとすぐに、従業員用のお風呂へと直行する。
お風呂ってサイコーだな〜
今なら少しお金に余裕があるし、ハングリーベアーにお風呂を作ろうかなと考える銀次郎であった。