第百五十八話 砂糖の値段
「ねぇ聞いてるの?」
一瞬だとは思うが記憶が飛んだ銀次郎。
おいしいものをたべると本当に飛ぶんだなと驚きつつ、エルザさんに報告を続ける。
「すみませんでした。えっとワインに関しては、また近いうちにミュラーさんと話をしてきますね」
葡萄の種類、気候、土壌を考えると、マインツ家が気に入ってるボルドーのような赤ワインは難しい。
それに比べて白にはポテンシャルがある事を伝えるが、エルザさんはそれを許してくれなかった。
この国では、マインツの赤ワインは高品質だと評判である。
エルザさん自身も銀次郎が用意するレベルのワインを求めているわけではないのだが、もっと評判になる赤ワインを作りなさいと無茶を言う。
目の前の女性はある意味銀次郎のボスであり、ボスの無茶を叶えるのが銀次郎の仕事だ。
赤ワインの品質向上を図っていく事も約束するのであった。
「海の食材もお願いすればまた仕入れてくれるのかしら?」
答えなんて一つしかないのだが、銀次郎は提案をする。
それはこの国の港町で海の幸を買い付ける事を。
キーランドさんがローザちゃんにプロポーズした時、ヒューイさんが依頼をしていたが、具体的にどうするかは銀次郎に任されていたのだ。
あの時は馬車に魔道具の冷凍庫を積めば良いって思ってたけど、荷馬車を改良して冷凍庫付きの馬車にすれば、大量に海の幸を輸送できる事になる。
恐ろしくお金がかかりそうだけど、エルザさんからも許しは出た。
港町で買付をしてみたいと、料理人の一人が名乗りをあげたのでお願いする事にした。
やる事が明確になった銀次郎は、オリバーとコーエンさんに声をかける。
「お酒のおつまみを作ってくるので、その間料理人とメイドさん達を集めて、ハンバーグでの街おこしの件を話し合ってもらえますか? そのうちマヨネーズも街に卸すつもりだし、人手を増やすか給金を増やしてもらうか、今のうちに決めておいた方が良いと思うので」
今日はエルザさんを一人にさせない。
その為に強引に人を集めてエルザさんを囲ませるのだった。
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「お待たせしました牡蠣グラタンです。ホワイトソースとチーズが熱いので、火傷に気をつけながらたべてくださいね。白ワインに合いますよ〜」
牡蠣の殻を器にして作ったグラタンは、暴力的な香りと神々しくも見える湯気を纏っていた。
「ハフッハフッ」
オリバーは口の中で格闘を繰り広げているみたいだ。
「もう、一口で食べたらこうなることぐらい分かるでしょう」
コーエンさんが白ワインのグラスを渡すと、オリバーはグラスをつかんで一気に煽る。
「ふぅ助かった。しかしこれは悩むな」
カキフライに牡蠣グラタン、生牡蠣に牡蠣のアヒージョと、牡蠣を使った料理はどれもうまい。
オリバーからパーティーで牡蠣を出すならどの料理が良いか相談される銀次郎。
生牡蠣って言いたいけど、新鮮な牡蠣を仕入れるのは大変だから、パーティで出すのは難しいと思うと伝えるのであった。
「これが最後の料理です。素揚げした海老の頭で作るアヒージョ。海老の頭には旨味が詰まってるからおいしいですよ」
余り物で作っただけだが、アヒージョは鉄板である。
エールやワインの進み具合を見ると、みんなが気に入ってくれたのが分かった。
銀次郎が用意した海の幸は全部使い切った。
しかしみんなの胃袋はまだ余裕があったので、今度はオリバーが料理を作ってくれる事に。
厚切りの燻製肉と野菜にオリーブオイルをかけて、オーブンに入れるだけの簡単料理。
だがオーブンで焼き上がった野菜は旨みが凝縮されており、燻製肉の脂と塩分を吸収して極上の一品に仕上がっていた。
エルザさんを囲みながらお酒を楽しんでいると、料理人からお菓子の作り方を教えて欲しいとお願いされた。
理由を聞くと娘さんにお菓子を作ってあげたいのだそうだ。
料理人の名前はパウルさん。
年齢は三十歳くらいで十歳と六歳の娘さんがいるそうだ。
「いいですよ。前に作った卵白のシフォンケーキは簡単ですので教えますよ」
卵白のシフォンケーキのレシピは簡単だ。
マインツ家の料理人であるパウルさんは、すぐに作り方を覚えた。
卵白をハンドミキサーでかき混ぜてメレンゲを作る。
これだけが大変だが、娘さんの為だと思って頑張ってほしい。
ついでにフライパンを使って、湯煎して作るプリンも教えてあげた。
玉子と牛乳、後は砂糖があれば簡単に出来る。
一番簡単なのは銀次郎の得意技であるプッチンするだけなのだが、料理人なら自分で作った料理を家族にたべてもらいましょう。
「エルザさん。パウルさんが作ったデザートですよ」
銀次郎がテーブルの上にお皿を置くと、エルザさんはシフォンケーキを一口。
「あら美味しいわね。あなたがケーキを作れるなら、今度お願いしようかしら」
エルザさんも気に入ってくれたパウルさんのシフォンケーキ。
しかしパウルさんには一つ問題があった。
個人では砂糖なんて手に入れられない事を。
「ギンジローさん、私に砂糖を売ってもらえませんでしょうか?」
先日の特別給金を使わずに取っておいたパウルさん。
それを全部使っても手に入れられるか分からないが、意を決して相談をすると意外な言葉が返ってきた。
「その砂糖ならあげますよ」
すると腕を組んでしばらく考えたエルザさんが、銀次郎に質問をする。
「紅茶用の砂糖も無料で譲ってくれたけど、その砂糖はいくらなの? もし無理をしているなら今からでもお支払いするわよ」
私はいつもあなたに無理をさせられていますと言いかけた銀次郎だが、シュガースティックは銀貨1枚、その砂糖は銅貨3枚なので気にしないで下さいと伝える。
お酒を呑んであんなに騒がしかったのに、急に静かになる厨房内。
「悪い、聞き間違えたかもしれねぇ。もう一度教えてくれ」
オリバーにもう一度値段を伝える銀次郎。
するとオリバーから、その値段が本当なら俺も砂糖を使った料理を勉強したいから売ってくれと。
他の料理人からも話があると、今度はメイドさん達が紅茶とシュガースティックを売って欲しいと言ってきた。
休憩時間に紅茶を楽しんだり、紅茶の淹れ方を勉強したいのだそうだ。
「うーん。エルザさんが許可してくれるなら、儲けなしの従業員価格で販売しますけど」
エルザさんに確認をすると、これもガイショー? と聞いてきたので、外商ではありませんと冷静に伝える。
するとがっかりした顔を見せるエルザさん。
どんだけ外商が好きなんだろう。
あくまでもマインツ家で働く者のみ、そして銀次郎から購入した事は家族にも話さない。
もちろん転売禁止という約束で、今度従業員用の販売会が決定したのであった。