第百五十一話 クーノさんの災難
「ギンジロー様お願い致します」
コーエンさんに連れられて応接室に行くと、マインツ家一族が既にソファーに座って待機していた。
「ギンジロー君この間はどうも」
クーノさんと挨拶を交わし、ソファーに腰を下ろす銀次郎とエミリア。
マインツ家一族は、この間と同じ陣形のようだ。
「ギンジロー君、エルザがガイショーを気に入ってね。この日が早く来ないかって何度も言うんだよ」
領主のレオンハルトさんは笑いながら、虎を見つめる。
「パパだってバーベキューで飲むワインを開けちゃって、こんなに美味しいならまた買いたいって言ってたじゃないの」
あの塔と虎のワインを開けたんだ。
今回はボルドーの五大シャトーは全部仕入れてきたから、これなら買ってくれそうだな。
「そういえば聞きましたよ。料理人たちに特別給金を出したって。デミグラスソースを作れるマインツ家の料理人たちを、評価するのは素晴らしいと思います」
「なんだ知ってるのか? ギンジロー君からマインツソースの話を聞いたらねぇ」
場も温まってきたので銀次郎はシルクの布と白い手袋を取り出し、流れに乗ってワインから案内を開始する。
「それぞれのシャトーの個性を覚えてもらおうと、ボルドーの五大シャトーを全て用意しました。こちらが塔と虎のワインですね」
「これが欲しかったんだ。ギンジロー君ありがとう」
またもや金額を伝えてもいないのに、お買い上げのレオンハルトさん。
「ありがとうございます。それではお買い上げをお祝いして、この泡ボトルを開けますね」
銀次郎は修道院で作られた泡ボトルをドンと置くと、グラスに注いでいく。
「この泡は一つのボトルで2億個あると言われています。その数は人生で思い描く夢や希望の数と同じで、それを呑み干す事で夢が叶った事をお祝いしているんですよ」
「マインツ家とギンジロー君にプロージット!」
「プロージット!」
するとエールの泡にも夢と希望があるのかな? とクーノさん。
夢と希望はおしゃれに呑む為に盛った営業トークなのだが、冷静に考えられると気まずい。
銀次郎はクーノさんの言葉をなかった事にして、ワインを次々と案内していく。
「ギンジロー君ひとつ提案があるのだけれど、ワインは買うから試してもいいかな?」
「試す?」
「そう。飲んで味を確かめたい」
銀次郎は五大シャトーの売り込みをしようとしたのだが、レオンハルトさんは全部買うので話を聞きながらワインを呑みたいと申し出た。
庶民の考えと貴族の考えには、大きな違いがある事を改めて感じる銀次郎だった。
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「悔しいなぁ。マインツのワインが一番だと思っていたけど、ゴダイシャトーとは圧倒的な差があるからね」
ワイン好きのヒューイさんには、思うところがあったのだろう。
確かにマインツの赤ワインは、ライトからミディアムボディのタイプが多いが、食事には合わせやすい。
白ワインの方は芳醇な香りと力強さがあるので、ポテンシャルは高いと思う。
「ねぇ、葡萄畑の責任者に話をしておくから、一度会って話をしてもらえないかな?」
ヒューイさんはマインツのワインをもっと美味しくしたいと、グラスを片手に夢を語った。
「私もワイン作りには興味がありますので、一度葡萄畑にお邪魔させてもらいますね」
ヒューイさんと約束をして、次に頼まれていたものを取り出す銀次郎。
ハイブランドの靴が入った箱をヒューイさんとクーノさんに渡し、二人からプレゼントをしてもらった。
銀次郎からは靴を大事に使って欲しいので、靴のお手入れ品を渡しておく。
「さて次はエミリアからですね。テーブルに商品を置くから後は宜しく」
「クーノ様とリサ様はとても幸運」
一生懸命プレゼンの練習をして来たのだろう。
親方が特別に作ってくれた髪飾りだと、商品の説明をしてリサさんにミスリル製の箱に魔力を流してもらう。
すると眩いばかりの光がリサさんを包み込み、中から小さなバラの形をした髪飾りが顔を出した。
「今度は二人で魔力を……」
クーノさんとリサさんは手を重ねて、髪飾りに手をかざす。
そしてゆっくりと魔力を流すと、髪飾りに施された淡いピンク色した薔薇の花が咲き始めたのだ。
「綺麗……」
リサさんは淡いピンク色のバラの花を見てそう呟いた。
「うん綺麗。ピンク色のバラの花言葉は……永遠の愛」
髪飾りをつけたリサさんは本当に嬉しそうだ。
エミリアが髪飾りには身代わりの効果も付与されていて、永遠の愛に相応しいアクセサリーですと説明している。
「確認だけど、そのハートマンさんが作ったミスリル製の髪飾りが大金貨5枚なの?」
虎が獲物を狙う目でエミリアを見るが、エミリアは全く動じない。
銀次郎は隣でビクンと反応してしまったのは内緒だ。
「あなた面白いわね。ただ商業ギルド員なら、買う側の立場も考えないと駄目ね。クーノはこの髪飾りに聖金貨1枚を払いなさい。あなたのへそくりで払えるでしょ?」
虎から聖金貨1枚を払えと言われて、ビクンビクンと反応するクーノさん。
あなたも調教済みだったのですね……
この髪飾りは間違いなく国宝級であり、そんな髪飾りが大金貨5枚程度だと、変な勘ぐりを入れられる可能性がある。
髪飾りはハートマンさんの作品ではなく偽物。
身代わりの効果も付与されていない、ただの髪飾りだと。
クーノとリサの永遠の愛に相応しい価値をつけるなら、最低でも聖金貨は必要だとの事だった。
「まぁそうだよね……。へそくり全部なくなっちゃうな……」
「あなた? 髪飾りは嬉しいけど、へそくりの件は後で聞かせてもらいますからね」
クーノさんと外商は相性が悪いのかな?
肩を落とすクーノさんを見て、エールの泡に夢と希望が詰まっているか確かめにいきましょうと考える銀次郎だった。
5大シャトーは1985年ヴィンテージを想定しています。
たぶん今呑めばちょうどよい頃だと思うんですよね〜
呑みたいなぁ