第百五十話 指輪の値段
「ギンジロー助けて……」
セバスチャンに迎えにきてもらいそのまま商業ギルドに寄ってもらったのだが、親方に作ってもらったペアの指輪の箱をギルド長に見られてしまったらしい。
「助けてってどうすればいいの?」
「ギルド長と話してほしい……」
馬車で待つセバスチャンに、用事が出来たから少しこのまま待ってって欲しいと伝える銀次郎だった。
「失礼します」
商業ギルドの一番奥にある部屋に入ると、そこにはギルド長の姿が。
「前に会った事があると思いますが、私がマインツの商業ギルドでギルド長を務めるフリップです」
マインツの夏祭りで確かに会った事がある。
あの時は親方の接待の手伝いをしたんだよな。
そんなに前の話ではないのだが、異世界に来て濃密な時間を過ごす銀次郎にとっては随分前の話の様に感じる。
「ギンジローさん悪いのですが、そちらの箱について説明をお願いしたいのですが」
ギルド長のフリップさんに促されて、エミリアは渋々テーブルの上にミスリル製の箱を二つ置く。
「エミリアからは何と聞いていましたか?」
ギルド長が質問をした所、ギンジローとだけ呟き後は黙ってしまったらしい。
さて困ったなと考えていると受付グリゼルダさんが紅茶を持ってきてくれたので、お茶請けとしてティラミスを渡す。
ん? なんか顔が赤いなグリゼルダさん。
隣を見るとなぜだかエミリアも顔が赤い。
体調が悪いのかなと思いつつ、目の前のギルド長に話し始める銀次郎。
自分自身は特に世話にはなっていないが、ミリアとエミリアの上司だもんな。
しっかりと二人をアピールしないと。
「この箱はエミリアが親方……えーっと、ハートマンさんに依頼して作ってもらった物です。中身は指輪でエミリアがお願いして、ハートマンさんに毒無効の効果を付与してもらったらしいですよ」
「毒無効!? 人間国宝のハートマンさん作成の指輪!?」
ギルド長が驚いて声を出すと同時に、グリゼルダさんがティラミスを乗せたお皿を持ってくる。
「失礼致しました。ちなみにこちらの買い手は決まっているのでしょうか?」
ギルド長の質問に困ってしまう銀次郎。
だってこれはエミリアがお願いした物で、銀次郎がお願いした物ではないのだから。
「えーっと、エミリアはこれをマインツ家に売ろうとしたの?」
「うん……ガイショー」
「ガイショー?」
聞きなれない言葉に思わず声に出してしまったギルド長。
「こっちの話ですみません。この後マインツ家で商談があるので、そこでエミリアが売ろうと考えたのだと思います」
「この指輪にギンジローさんは関わっているのでしょうか?」
関わってはいるけど、なんかこのギルド長と関わるとめんどくさい気がする。
「お手伝いはしましたが、ハートマンさんに依頼したのはエミリアですよ。経費は私が一時的に負担していますが、後でエミリアに払ってもらいますし」
「そうですか。エミリア君、この指輪はなんとか私の方に預けてはくれないだろうか? ハートマンさんの作品を手に入れろと本部から圧力がかかっていてな」
圧力って言っちゃったよこの人。
ギルド長って偉い人だと思ったけど、結構大変なんだな。
ハンカチで汗を拭くフリップさんを見て同情する銀次郎。
「お金……」
「そうだったな。この指輪は言い値で払うからいくらだ?」
「ん……金貨1枚」
「聖金貨!?」
今度は銀次郎がビックリして声を出してしまった。
エミリアさん、それはいくらなんでもボッタクリ過ぎなのでは……
「分かった。指輪は二つだから聖金貨2枚だな。エミリア君の売上としてつけておく。明日から出張だ。王都まで付き合ってもらうぞ」
聖金貨1枚じゃなくて2枚になっちゃった。
日本円にすると二千万円。
「経費は別で」
エミリアの値付けには信頼を置いていたが、この値付けはちょっと理解が出来ない。
隣で微笑むエミリアを見て、商売の怖さを知る銀次郎であった。
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「お待たせしました。お城までお願いします」
セバスチャンにお願いして、馬車でお城まで向かう。
いつもの門番さんがいたので、熱中症対策用の塩飴を渡しておく。
「いつもお気遣いありがとうございます」
「塩飴くらい大丈夫ですよ。それよりちゃんと水分も摂って熱にやられないようにして下さいね」
マインツ家一族と会う前に、まずはコーヒーだ。
いつもの厨房にある休憩スペースに行くと、オリバーがスープを作っていた。
「良い匂いがしますね。何のスープですか?」
「マインツハンバーグに合うスープを考えててな。これは五種類のキノコで作るスープだ」
一口もらうと、キノコの旨味がたっぷりつまった優しい味のスープだった。
キノコは腸活にも良いのでエルザさんなら気に入りますよと伝えると、メイド長のコーエンさんが厨房に顔を出した。
「ギンジロー様、エルザ様なら気に入るとはどの様な事でしょうか?」
眼鏡をクイっと上げて、こっちを見るコーエンさん。
銀次郎はキノコが腸の動きを良くさせて、それが美容にも良い事を説明する。
コーエンさんは美容の事になると本気になる。
困ったなと思っていると、オリバーがキノコのスープをコーエンさんとエミリアにも試食を勧めた。
「キノコうまい……」
「オリバーの様な優しい味ですわね」
「ほっぺ触ってもいい?」
会話になっているのか心配だが、エミリアはコーエンさんのほっぺたを触って楽しそうにしている。
銀次郎はその隙にオリバーを厨房の外に連れ出して、依頼されていた例の商品を渡した。
「先に戻ってますね。あと商談が終わったら手伝って欲しいのでまた声をかけます」
銀次郎は先に戻ってセバスチャンと至福の時間を過ごしていると、オリバーが恥ずかしそうに戻ってきた。
「コーエンいいか?」
料理人や賄いをとっていたメイドたちが一斉に注目する。
「えっ? 何? この印……」
コーエンさんが白い箱に黒い印の箱を受け取ると、オリバーはこの間のお礼だと。
「箱を開けても良い?」
「もう渡したから好きにしろ」
コーエンさんは嬉しそうに箱を開けて、中から靴を取り出す。
「オリバー嬉しい。履いてみても良いかしら?」
「好きにしろと言ったろ」
コーエンさんがプレゼントされた靴を履くと、メイド達が近づいてきて素敵ですと目をキラキラ輝かせている。
「この間のお礼だからな」
オリバーは恥ずかしそうにこの場を離れるが、コーエンさんが離れていくオリバーの背中をずっと見つめているのが印象的だった。