第百四十八話 アントニオさんと馬車
トントン……トントントン……ガチャリ。
「ギンジロー様、ギンジロー様」
「ぬぅあぁ」
銀次郎が目を覚ますと、心配そうにこっちを見ているセバスチャン。
その横にはエミリアとクラーラさんの姿も。
「お目覚めですか? お迎えに来ましたので、準備が整いましたら馬車の方でお待ちしております」
何が起きているのか一瞬分からなかったが、そう言えばエミリアと親方のところに行く約束だった。
「ごめんなさい。今行きます」
銀次郎は庭に出て、井戸水をかぶってボーッとしていた頭を戻していく。
「エミリアごめん。セバスチャンは馬車を出してくれてありがとう。馬車はいらないと言ったのに、結局お世話になっちゃってすみません」
セバスチャンは私が勝手に馬車で来ただけですからと、優しい大人の対応をしてくれた。
ミリアはお酒臭いと言って、飴玉をくれた。
前に銀次郎があげたイチゴミルクの飴だけど、寝過ごした事を責めないその気持ちが嬉しかった。
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「親方ーいますかー? 返事がないので入りますよー」
工房に入る前の儀式を済ませて、銀次郎とエミリアが扉を開ける。
「あっギンジローさんお帰りなさい。ハートマン親方は寝ていますので、今起こしてきます」
お帰りなさい? 親方寝てる? 僅かばかりの違和感を感じたエミリア。
酔っている銀次郎は、何にも考えずエミリアに親方用の王様の馬車ウイスキーを渡す。
「アントニオさん、ちょっと台所をお借りしますね」
銀次郎は鍋に氷と水を入れて、果物を冷やす。
氷水を手でかき混ぜると酔った身体に氷水がとても気持ちよかった。
「親方どうも」
「うむ」
「梨たべます?」
寝起きのはずの親方だが、シャリシャリとものすごい勢いで梨を頬張っている。
「うまいな」
「でしょ」
このままだと親方に全てたべられそうだったので、負けずと銀次郎も梨に手をつける。
優しい甘さがたまらない。
気がつくと皿にあった梨がなくなってしまったので、もう一度台所を借りる事に。
冷やした梨のおかわりを持っていくと、エミリアの商談は終わったようだ。
「どうだった?」
エミリアに話を聞くと、今まで見た事のない笑顔を見せた。
良かったなと頭を撫でると、アントニオさんから王様の馬車ウイスキーの味を教えて下さいと頭を下げられる銀次郎。
「元々こいつは馬車職人じゃ。訳あってウチで預かっているが、王様の馬車の乗り心地を知りたいのじゃよ」
何を言っているのか分からない。
このスコッチのシェリーオーク18年ものは、飲み口が滑らかなので王様の馬車みたいだとは伝えたが、お酒であって決して馬車ではない。
親方にお酒ですよ? と伝えると、そんなもんは知っとると説教された。
「はやくグラスを出せ。あとさっきのもじゃ」
急かされた銀次郎はグラスを四つと、鮭とば界のスーパースターとば次郎を取り出す。
「プロージット!」
右手に持つグラスを少し上に持ち上げる。
「これじゃこれじゃ。口の中に滑らかに入ってくるぞい」
親方は空になったグラスにウイスキーを注ぎ、アントニオさんと馬車の話を始める。
エミリアは鮭とばに夢中なようだ。
他のお弟子さんが馬車の部品を持ってきてからは、滑らかさを出すのにどうしたら良いのか議論が白熱している。
「おい、空になったぞ」
親方がボトルを振っておかわりを要求するが、王様の馬車ウイスキーの在庫は持っていない。
ただ職人達の真剣な議論に水は差したくなかったので、ザ・スコッチの17年を取り出す。
この前は12年を呑んだのだが、いつか親方と呑もうと購入していた、ザ・スコッチの17年をこんなに早く出さないといけなくなるとは。
「この間呑んだ、ザ・スコッチの17年ものです。さっきの王様の馬車ウイスキーとは違って、四十種類以上の原種をブレンドして作られた逸品です。蜂蜜のような甘味と、オーク樽で出来た樽香と、ピート香のスモーキーさも感じられて、複雑で力強い味だそうですよ」
テーブルの上に新しいグラスと、ザ・スコッチ17年ものを置くと親方はボトルに手を伸ばす。
「エミリア、これは親方につけといて。ザ・スコッチは高くて貴重なんだから、しっかり働いて返してもらわないと」
「ん……わかった。親方貸し一つ」
「わしは貸し借りが嫌いなんじゃ。だが我慢できん。今すぐ依頼を出せ、それで貸し借りなしじゃ」
親方は早く呑みたいのに、貸し借りは嫌だから早く作るもんを言えとエミリアに迫っていく。
「指輪……毒無効が付与された指輪二つペアで」
「二つなら、もう一本もらわんとな」
親方は勝ち誇ったようにボトルを指で叩き、ザ・スコッチ17年を要求する。
「親方欲張り……わかったもう一本。あとギンジローこれは?」
エミリアは空になった王様の馬車ウイスキーを手に取り、親方に見せつける。
「仕入れろと? わかったエミリア」
「ありがと……これも用意する……王様の馬車が出来たら売って」
するとアントニオさんが、馬車が出来上がったらそのお酒を下さいと申し出た。
「私はハートマン親方に救ってもらい、鍛治職人としての腕を磨かせてもらっています。知識、経験、そしてこのナイフといい、多くのモノを頂いていますが、何一つ返す事が出来ておりません。もし親方が好きなお酒が手に入るのでしたら、少しでも御恩を返したいと思いますので」
泣けるわ〜、親方それで良いですよね?
銀次郎が目で確認を取ると親方は頷く。
「プロージットじゃ!」
誤字・脱字報告とても助けられています。
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