第百四十五話 海の幸
「キーランド君から聞いたよ」
食堂に戻るとクーノさんがキーランドさんと仲良く話をしている。
「キーランド君ってむず痒いな。キーランドって呼んでくれ。俺はクーノって呼ぶから」
おそらくクーノさんは正体を明かしていないのだろう。
伯爵家の次男なのに、気さくで優しいのがクーノさんの魅力の一つなんだと思う。
この場にローザちゃんはいないけど、まずはキーランドさんに試食をしてもらおう。
銀次郎は伊勢海老に日本酒をぶっかけてオーブンにぶち込む。
本当はお刺身でたべたいけど、みんなで一緒にたべるなら焼かないとな。
九十九里浜の大アサリにも日本酒を使い、これまたオーブンにぶち込む。
広島産の牡蛎の殻を処理していると、オーブンがら良い香りがしてきた。
沸々している日本酒がこぼれないように大アサリを取り出し、テーブルまで持っていく。
「貝に故郷のお酒を入れて焼きました。熱いから火傷に気をつけて下さいね。旨味成分がヤバいんでそれを楽しんで下さい」
クーノさんはスプーンの上に大アサリを乗せ、そこから旨味成分たっぷりのスープを試す。
小籠包スタイルも悪くないけど、大アサリは盃の如く手で掴んで呑るべきでしょう。
銀次郎は大アサリを持ち旨味成分MAXのスープをゆっくりと口の中に流し込む。
「うまっ」
まるで脳天に雷が落ちたかの様に身体が痺れて動かない。
久しぶりの海の幸に日本酒。
もしかして異世界に来たのは、この味を知る為だったのかもしれない……
そうとさえ思えるほどに、大アサリの衝撃はデカかった。
エミリアはフーフーするのを忘れて一気に呑ったから火傷をしたみたいだ。
あれほど熱いから気をつけろと言ったのに無茶しやがって……
キーランドや冒険者達が大アサリに手をつけたが、その笑顔を見れば美味いかどうかなんて一目瞭然だ。
エマさんのパーティーメンバーからお代わりを求められたが、大アサリはこれで終了です。
クリーンの魔法をかけてから、牡蛎の殻処理に戻る銀次郎。
おっと今度はキーランドさんから、エール樽の注文が入った。
「うまい石にプロージット!!」
みんな楽しそうに乾杯しちゃってるな。
銀次郎は井戸水で生牡蠣を洗い流し、レモンを添える。
「今度は生牡蠣ですよー。レモンはお好みでどうぞ」
銀次郎がテーブルの上に生牡蠣を乗せた皿を置くが、海の物を生で食すのには抵抗があるようだ。
誰かが最初に手をつけるのを待っていると、キーランドさんが手をつける。
「おーギンジロー、本当に生で喰って大丈夫なんだろーな?」
「キーランドさん大丈夫ですよ。たまにお腹を壊す人はいるみたいですけど」
「それダメな奴じゃねーか!」
ツッコミは入ったが、道なき道を行くのが冒険者だ。
キーランドさんが生牡蠣を口にツルンと入れる。
「美味い。これは美味いぞ。ローザちゃんの石はこれなのか?」
その言葉に安心したのか、クーノさんもエミリアも生牡蠣にチャレンジする。
「んまーい」
「贅沢だねぇ」
二人とも気に入ったみたいで良かった。
新鮮な貝なんて王都でも手に入らないから、本当に贅沢だとクーノさんは何度も繰り返す。
さてそろそろ伊勢海老がいけるかな。
オーブンの中の伊勢海老を確認すると、真っ赤な良い色に仕上がっていた。
銀次郎はオーブンから伊勢海老を取り出して、空いたスペースに活サザエをぶち込んでおく。
ご機嫌な銀次郎は伊勢海老をみんなの待つテーブルへと持っていき、殻を取り外して見るからにプリップリの身にナイフを入れる。
「それ石じゃねーけど美味そうだな」
ゴクリと喉を鳴らすキーランドさんと冒険者達。
銀次郎自身も、ナイフ越しに伝わる弾力に気持ちが抑えきれない。
伊勢海老をたべるなんて、サラリーマン時代に飲み会で釣り堀居酒屋に行った時以来だ。
あの時は酔っ払って伊勢海老に釣り糸を垂らしたら釣れちゃったんだよな〜
リリースしようにもすぐに店員さんが駆けつけて、お刺身にしますか? フライにしますか? バター焼きにしますかって。
結局自腹で伊勢海老のお刺身をお願いしたけど、諭吉さん二人くらい居なくなったんだよな。
今は胸を張って伊勢海老と向き合うことができている。
変な所で成長を感じた銀次郎は、みんなにフォークを渡すのであった。
「なんだコレ。口の中が幸せすぎる。ローザちゃんを幸せにするのはやっぱり俺だな」
キーランドさん浮かれてんな〜
日本酒をぶっかけてオーブンに入れただけなのに、このおいしさはハンパない。
冒険者達が殻だけの姿になった伊勢海老を、寂しそうに見つめている。
「ギンジローありがとな。海のもんなんて普通は手に入らねぇ。いくら金を払えばいいんだ?」
「キーランドさん今回は高くつきますよ。もうすぐ海の香りがサイコーな活サザエが焼き上がりますし、その後はホタテを生で、最後はアワビのステーキですから、みんなのエールが足りません」
銀次郎は空になったエールのジョッキを指差し、エールのおかわりを催促する。
「面白えな。エールの樽追加だ!みんな今日はとことん呑むぞ」
キーランドさんが冒険者達を煽ると、冒険者達は木のジョッキをテーブルに叩きつけて応える。
するとハンツとフランツが二人で、エールの木樽をキーランドさんの目の前に持っていく。
ルッツは店からと、大盛りのフライドポテトをサービスだ。
ハングリーベアーって本当に連携が良いんだよな。
追加のエールの木樽もいつの間にか厨房内に納品されてるし。
揚げたてホクホクで塩っけのあるフライドポテトを出されたら、このエールは呑み干さざるを得ない。
ルッツも腕を上げたな。
キーランドさんには悪いけど、今日は覚悟して下さいね。
銀次郎は厨房に戻り、次の一手を繰り出す。
「サザエでございます」
爪楊枝で活サザエの身を取り出すと、その見た目にビビる冒険者達。
仕方なく銀次郎が最初に一口たべると、磯の香り溢れる活サザエにエールが更に進む。
冒険者達も見よう見まねで活サザエの身を取り出し口にする。
「はぁ〜コレが海か〜」
まだ海を見た事のない冒険者達が食材を通して海を想像している。
次の食材のホタテはオリーブオイルにレモンを絞って、クレイジーなソルトで味を整えたソースでたべてもらった。
「アタイはこれが好きだ。ホタテって名前なんだな覚えておく」
エマさんが気に入ってくれたので、間違ってダブルクリックしちゃった陸奥湾のホタテの残りは、ホタテバターにする。
「クーノさん、キーランドさん、エミリア運が良いよ。見てこれピンクホタテだよ」
「ピンクホタテ?」
「エミリア見てよ。このホタテピンク色してるでしょ。千個に一個くらいだけピンク色のホタテがあるらしいんだよね」
銀次郎も一回しかたべた事はないが、牡蠣小屋に行った時にピンクホタテに出会って、お店のおばちゃんに説明された事がある。
ピンクホタテはうんめぇぞと。
「悪いがアタイにも少し食わせてくれよ。そんな話聞いたら我慢できねえぜ」
すると食いしん坊のエミリアが珍しくエマさんに譲る。
「好きなら食べればいい」
エマさんはピンクホタテをエミリアから分けてもらう代わりに、エールの木樽を追加注文した。
「おいオマエら。このエールはアタイとこのお嬢ちゃんからだ。味わって呑めよ」
エマさん男前すぎませんか?
エマさんとエミリアが肩を組んでエールを呑み始めたので、銀次郎は最後の料理に取り掛かる。
「最後にアワビのステーキです。この肝のソースをつけてたべて下さい。サイコーですよ」
さすがに人数分は用意できなかったので、みんなで分けてもらう。
肉厚でコリコリしたアワビのステーキに、肝をといたソースを絡める。
今日は海の幸を味わえてサイコーだな。
満足した銀次郎は、キーランドさんには井戸水で綺麗に洗って念の為にクリーンの魔法も掛けた貝を渡す。
商業ギルドの受付嬢ローザちゃんに、貝を確認してもらう為だ。
「この中に探していた石が見つかる事を祈っています」
拳と拳を合わせて応援している事を伝えた銀次郎。
セバスチャンにお願いしてエミリアを送ってもらい、銀次郎はクーノさんとほろ酔いでマリアさんのお店に向かうのであった。
海の幸にビールってサイコーですよね