第百四十三話 ブランド
マインツ家で商談中の銀次郎とエミリア。
エミリアは支払い用の魔道具を椅子の横に置き、クッキーを食べながら話を聞いている。
「これはボルドーのマルゴー村の格付けワインです。女性らしい優雅さと洗練さを兼ね備えています。さすがにココには印がないですが、このワインのオーナーは皆様が好きなあのブランドですよ。他にもこのオーナーはワイン畑を所有していますが、パーティーではこの赤ワインが出されるそうですよ」
すると虎が前屈みになり獲物を狙う体制に入った。
銀次郎は慌ててヒューイさんの方にボトルを向けると、虎の目線はボトルとヒューイさんを捉えていた。
「それも貰おうかな。母に贈りたいので」
繰り返すが、マインツ家の跡取りは非常に優秀な様だ。
着実にポイントを積み上げていく能力がある。
虎はすっかりご機嫌だ。
「ギンジロー君、他に面白そうなワインはある?」
特別なワインはエルザさんに取られたので、ヒューイさんに合うワインをプライベートストックから探す。
「このハート型のラベルのワインですかね。同じボルドーで格付けワインです。このオーナーは他にも五つしかない格付け一級の葡萄畑も所有していましたが、私の心はここにあると、このハート型のラベルのワインをとても愛しました。それはまるでヒューイさんがディアナさんを想う気持ちと同じ様に」
日本にいた時にいつか恋人と一緒に呑むんだと思っていた銀次郎だが、その夢は全く叶わなかった。
ある意味銀次郎の重たい想いも乗っているワインなのだが……
「いいね、貰うよ」
頬を赤らめるディアナさん。
ヒューイさんはそっとディアナさんに手を重ねる。
銀次郎の脳内にはヒューイさんのポイントが溜まって、レベルアップした音が聞こえた。
「私もそのワインが欲しかったな」
レオンハルトさんには今度同じ銘柄を仕入れたら持ってきますと伝え、ハート型のラベルのオーナーが所有していた一級格付けのワインを代わりに提案する。
非常に力強く男性的なワインで、ラベルにはシンボルの塔と虎が描かれている。
本当は手放したくないワインだったけど、自分よりレオンハルトさんの方がふさわしいだろう。
「約三十年前に造られたワインです。濃厚で力強く長期熟成ワインですが、そろそろ飲み頃を迎え始めると思いますので楽しめると思います。もちろんまだまだ熟成するので、あと二、三十年寝かせておいても問題はありませんが」
レオンハルトさんはバーベキューでエルザと一緒に呑むよと、値段も伝えていないのに即購入。
バーベキューでこのワインを呑むって感覚は、庶民の銀次郎には出てこない。
まぁ貴族が全て同じだとは思わないが、マインツ家の財力って凄すぎないか?
エルザさんは一級ワインを手に取り、なんで塔の上に虎がいるの? と聞いてくる。
(あなたもお城の中にいるでしょうが)
そんな事は口に出せないので、虎は勇者の証で戦争で奪われたこの土地を奪還する為に立ち上がったのだと伝える。
「ギンジロー君の故郷はそれぞれに意味があって歴史があるんだね」
フランスやスペインは故郷とは思っていなかったが、大きく捉えれば故郷なのかもしれない。
これから商売をしていく上で、地球のものは全て故郷のものと考えようと思う銀次郎だった。
「ギンジロー君。ボクにも何か売って!」
ポイント差をつけられて焦るクーノさん。
気持ちはわかるが、レオンハルトさんとヒューイさんとはキャラクターが違う。
何か売ってって何が欲しいの?
すると今までお菓子ばっかりたべていたエミリアが動く。
「大金貨5枚……」
エミリアはクーノさんに大金貨5枚で、リサさんに贈る最高の品を用意すると。
「ボクのお小遣いで出せるから、大金貨5枚でお願いします」
何を考えているのか分からないがこの場でお金はもらっていないので、エミリアが変な物を用意しても最悪なんとかなるだろう。
これで商談を終わらせる為、エミリアが用意した魔道具に支払いを済ませてもらう。
銀次郎はギルド証をかざして入金と税金の支払いをしてもらった。
「ねえギンジロー君。さっきエルザと話していたブランドの事、後はデパート? ガイショー? 申し訳ないけど詳しく教えてもらえるかな」
レオンハルトさんからの突然の申し出に、どう伝えようか迷う銀次郎。
するとセバスチャンがコーヒーを淹れてくれた。
考える時間が欲しかったし、何かする前のコーヒーは気持ちが落ち着く。
セバスチャンに目でありがとうと合図を送り、銀次郎は説明を始める。
「ハンバーグはある程度簡単に作れます。おそらく近いうちに他の街でも似たようなハンバーグは作られると思います」
マインツ家の人々は、あれだけ美味しいのだからそうかもしれないねと頷く。
「ただあのマインツソースを作るのには時間がかかると思います」
作り方が複雑であり道具も必要なので、なかなか真似は出来ないだろう。
トマトソースで煮込むハンバーグや、ホワイトソースのハンバーグもあるが、王道はやはりデミグラスソースで作るマインツハンバーグだ。
マインツソースのレシピは、外に出させないようにした方が良いとアドバイスをしておく。
「あとはお肉の質ですね。お肉を仕入れて自分で挽肉を作っている食堂もありますが、ほとんどは一つの精肉店から仕入れを行っています。このお店は大量注文が入っているので、質の高いお肉を仕入れてもらいつつ価格は抑えて販売してもらっています」
「なるほどね〜。マインツハンバーグって街ではいくらぐらいで売ってるのかな?」
「はい。店によっても違いますが大体銀貨1枚ぐらいです。街では贅沢な食事ですが、マインツ家の味がたべられると人気ですね」
このマインツ家の味というのがある意味ブランドになる。
マインツハンバーグをたべたお客さんが、マインツ家の味なんだってと説明しやすいのも強みで口コミで広がりやすい。
似た様な料理が作られても、それはマインツハンバーグのパクリであり二番煎じでしかない。
挽肉のステーキはマインツハンバーグだと、先に広める事が大事だと伝える。
「もし今の戦略で改良出来る所があるとすれば、ブランドの牛と豚を作る事です」
「ブランドの牛と豚?」
牛と豚がブランドになるとは思っていなかったレオンハルトさん。
「広い土地で自由に動き回らせて牛と豚に運動をさせます。なんの悩みもなくスクスクと育てるだけで肉質は良くなりますよ。餌は基本穀物ですが、エールを呑ませてあげると更に肉質が良くなります。エールを作る過程で出来る搾かすを穀物と混ぜても良いですね」
「エールを飲む牛と豚ってなんだか美味しそうだね」
「おいしいですよ。エミリアはこの間ブランドの牛をたべたよね。どうだった?」
「あれはすごく美味しかった」
エミリアは、すき焼きの肉を思い出し満面の笑顔で答える。
「マインツハンバーグの肉はエールを呑んでるからうまいんだぞって、たべたお客さんは話したくなりますよね? それが口コミになり更にブランド力を高めていくのです」
「なるほどね〜 それはすぐにエールを飲む牛と豚を育てないと。あとは広い土地か」
マインツハンバーグでお肉の消費量は増えていく。
生産者に補助金を出すなどして、ブランディングをすぐにも進めていくそうだ。
「後は定期的な確認ですね。いまマインツ家の料理人達が、毎日マインツソースを作って食堂に届けています。そこで食堂の店主から質問があればアドバイスをしますし、味が落ちていないかお金を払って試食もしています。ここでマインツハンバーグの味と質を守れない食堂は、切ることも考えています。今の所その様な食堂はないですが、作ったブランドを下げない努力も必要ですから」
ただ単純にハンバーグで街おこしをしているのではなく、しっかり考えてブランディングしている事を伝える銀次郎。
噂を聞いた冒険者や商人、旅行者が増えればその人たちがお金を使い街は潤う。
街が潤えば、その税金でマインツ家も潤うのだから。
「ギンジロー君はそれをどこで学んだんだい? 商人にしておくのは勿体無いよ。一緒に領地を経営してみないかい?」
レオンハルトさんから嬉しい言葉をもらったが、銀次郎は庶民だ。
自分の事で精一杯だし、そんな器ではない事を伝える。
「パパ大丈夫よ。ソフィアがいるから」
虎がノーモーションで強烈な右フックをかましてきた。
「あーそうだった。ソフィアは一番下の娘だけどギンジロー君か。アハハそうだったね。そっかー」
レオンハルトさんは優しいお父さんのような目をして、握手を求めてくる。
「そうなんです……なんかすみません……」
「あと五日で王都に戻るけど一緒に行く?」
社交ダンスの発表会があるので、終わったら王都に顔を出しに行きますと伝える銀次郎。
話題を変える為にデパートと外商の事を説明すると、虎がマインツにデパートを作ってと無茶を言ってくる。
「そこに行けばなんでも揃っていて、しかも全て高品質なんでしょう? 毎日デパートに行きたいわ」
「でもエルザ。ガイショーだとデパートにない物も持ってきてくれるんだよ。ディアナとリサの靴はいつ持ってきてくれるの? もう一回ガイショーしたいな。王様に贈る品を持ってきてよ」
王様ってこの国で一番偉い人ですよね?
とんでもない事になったなと思う銀次郎は、三日後に来る事を約束するのであった。




