第百三十八話 戦争
昨日は遅くまで親方達と呑んだ銀次郎。
眠い目を擦りながらも、ヴェリーヌさんの新しいお店作りのお手伝いをする。
「石材をここに置いてくれい」
引退した大工の棟梁ユルゲンさんが指示を出す。
「これで全部です。今度は木材を持ってきますね」
「待て待て、今日は木材は使わんからそのまま持っといてくれ。しかしそのマジックバッグはたくさん入るな。もし職に困ったらうちに来るか?」
大工仕事に関しては何も出来ないと思っていた銀次郎だが、アイテムボックスのおかげで大活躍だ。
もちろんアイテムボックスの説明はめんどくさいので、マジックバッグだと伝えている。
ユルゲンさんからのお誘いは嬉しいが、ここは丁重にお断りしておいた。
「馬鹿な事を言っとらんで手を動かせユルゲン」
カールさんが指摘するとこっちは区切りがついたから今から休憩だが、カールはまだ終わっとらんから手を動かせと返すユルゲンさん。
もちろん本気で言っている訳ではなく、仲が良いからこその会話なのだが……
「休憩しましょ」
銀次郎は屋台のテーブルセットを出して、カールさんとユルゲンさんに座ってもらう。
「微糖の缶コーヒーとアンパンです。ここに指をかけて引っ張ってみて下さい。蓋が開きますので」
パカンと蓋を開けると、カールさんとユルゲンさんが真似をして蓋を開ける。
「簡単に開いたな。なんで飲み物に蓋をするんだ?」
「それ蓋を開けなければ日持ちするんですよ。一年とか二年とか」
中身が腐っていないか心配しながら、微糖の缶コーヒーを口にするユルゲンさん。
「苦いのに甘くてうまい。クセになりそうだ」
ユルゲンさんが飲んだのを確認してから、カールさんも缶コーヒーを口にする。
「ギンジローさんの用意する物はどれも極上ですね」
カールさんも気に入ってくれたみたいなので、アンパンも勧める。
カールさんにはこしあん、ユルゲンさんには粒あんを渡したが、半分に割って二人で味比べをする。
おじさん達仲が良いなと思ったのだが、こしあん派と粒あん派で分かれてしまい喧嘩が始まってしまった。
「こっちはクリームパンですけど、たべてみます?」
二人の喧嘩を止めようと銀次郎はクリームパンを渡してたべてもらったが、コーヒーにはアンパンだろうと可哀想な子を見る目で見られた。
おじさん達とアンパン対クリームパンの戦争をしていると、馬車が停まりハリーとミリアが降りてきた。
「ギンジローさん今からエルザ様に会ってもらえますか? すでに許可を頂いておりますので」
別に許可なんてなくても行けば会ってくれるよとミリアに伝えたが、それはギンジローさんだけですと突っ込まれる。
カールさんとユルゲンさんに断りを入れて、馬車に乗り込む事にした。
明日は社交ダンスの予行練習をマインツのお城で行うので、ユルゲンさんだけが作業をする。
申し訳ないので微糖の缶コーヒーとクリームパンを、アイテムボックスにある分だけ渡しておく。
「粒あんが良いのだが……」
これは戦争である。
銀次郎は心を鬼にして、缶コーヒーにはクリームパンだと脳に刻み込む為にクリームパンだけを渡すのであった。
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「ソフィア様の事と、ギンジローさんの魔道具についてご相談がありまして」
お城に着くとエルザさんの書斎へと案内された。
普通なら応接室だが、書斎に通される時点で信用されている証だと思うんだけどな。
ミリアに促されたので、アイテムボックスから冷蔵庫を取り出す。
ミリアは溶けない氷をソフィアが魔法で作り、それを使って銀次郎が冷やしたり凍らせたりする魔道具を作った事を相談する。
「今すぐパパを呼んできて」
コーエンさんは深くお辞儀をして部屋を出ると、領主のレオンハルトさんを連れて戻ってきた。
「どうしたんだいエルザ?」
ミリアが改めて説明すると、レオンハルトさんは冷蔵庫を開けて中の冷たい空気を確かめる。
「冷たくて気持ちいいね。この氷は本当に溶けないの?」
「はい。その氷はソフィア様が魔法で作って、魔力を解放しない限り溶けない氷だそうです」
ミリアの代わりにハリーが答えると、レオンハルトさんは考え込んでしまった。
「ソフィアからそんな話聞いた事がなかったけど、エルザは聞いていたのかい?」
「いいえ。聞いていなかったわ」
「そうか。ギンジロー君からも話を聞かせてもらえるかな?」
食材を冷やす事によって物持ちが良くなり、氷も作る事も出来る。
食材を凍らせる事も出来て、解凍すれば新鮮な状態でたべる事が出来る。
倉庫にこの魔法を取り入れれば、倉庫全体が冷蔵庫になる事も伝えた。
馬車にも取り入れれば、冷蔵や冷凍可能になり運送の常識がひっくり返るかもしれないと提案する。
「ギンジロー君その話はこの後詳しく教えて。今はソフィアの事だな」
銀次郎はミリアが急いでマインツ家に相談した本質を分かっていなかった。
ソフィアが溶けない氷を作れる魔法使いである事。
溶けない氷を作れる程の魔法使いは、他国からしたら厄介でしかない。
今は落ち着いているがあくまでも休戦中であり、決して平和な世界ではないのだから。
動揺する銀次郎だが、結局ソフィアが作った溶けない氷は伏せる事にした。
ソフィアが狙われる可能性があるなんて、考えてもみなかった。
銀次郎が落ち込んでいると、領主であり父親のレオンハルトさんは、氷魔法が使える時点ですでに敵国からは狙われている。
ただソフィアがこの国にいれば、敵国も手を出せない。
手を出せば戦争に発展しかねないからだ。
それにソフィアを狙うなら、それよりも先にこの国の主要人物を狙うだろう。
だから心配するなと慰められた。
現時点でソフィアは、氷魔法を使える伯爵家の三女だ。
溶けない氷の事を伏せておけば、問題はないだろう。
冷蔵庫はソフィアの溶けない氷を回収し、ハリーが魔法で作った氷に変更する。
「溶けない氷は修行して作れるようにする。だからボクが矢面に立つよ」
銀次郎はハリーに感謝を伝えると、レオンハルトさんはハリーに依頼をした。
王都に行ってソフィアに会い、溶けない氷は危険だから伏せるように伝える事を。
「ハリーさん宜しくね。ギンジローさん、明日の予行練習の馬車の数は少し減らしますわよ。あとミリアさんも少し良いかしら」
ハリーは明日王都に旅立つ事が決まったのだが、冷蔵庫の件でミリアも急遽王都の商業ギルドに行く事になったのだ。
明日は社交ダンスの予行練習だったがこれは仕方がない。
ハリーとミリアが抜ける穴は大きいが、これも本番でも考えられる事だ。
商業ギルドに戻った後、エミリアに事情を話して商業ギルド側の代表はエミリアにお願いする。
その後も協力依頼で走り回り、なんとか立て直して当日の予行練習を迎えるのであった。
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