第十二話 皇帝ベッケンバウアー3世
「おやっさん。ギター貸してくれない? 店の前で演奏するから」
「エルヴィス久しぶりだな。構わんがまだ昼だぞ」
何だか分からないが、エルヴィスとおやっさんと呼ばれたこの店の店主は仲が良いみたいだ。
急な申し出にも難なくOKが出た。
店主の名はマニーさんと言うらしい。
この間のエルヴィスナイトで楽しんだお客さんから、タンバリンについて問い合わせがあったそうだ。
あの日はとっても楽しかったが、エルヴィスが主役であり銀次郎はおまけでしかなかった。
それが楽器屋さんに問い合わせがあるほど、印象を残せた事に銀次郎は嬉しくなった。
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マニーさんが座りながら手で太鼓を叩く。
肩でリズムを創りながら、まるで馬が草原を駆ける様に叩いていく。
この世界で有名な、皇帝ベッケンバウアー3世の物語である。
誰もが知っていて、エルヴィスナイトでも最初に演奏された曲だ。
エルヴィスもマニーさんに続いて、ギターを手で叩きリズムを創る。
銀次郎もタンバリンをそれっぽく振ってみた。
ここは人通りの少ない路地裏。
マニーさんの楽器店の前で急に始まった演奏に、歩いていた人々は足を止める。
エルヴィスとマニーさんが、掛け合いをして客を煽る。
なんだなんだと集まってきたオーディエンス達を巻き込んでの大合唱。
最初の曲が終わると、何人かがチップをギターボックスに投げ入れてくれた。
その光景を見て、エルヴィスは優雅にお辞儀をする。
演奏でチップが貰えるなんて本当に凄いなと銀次郎が考えていると、エルヴィスの目の前にお姉様が現れた。
お姉様は銀貨1枚をエルヴィスに手渡し曲をリクエスト。
エルヴィスはチップを受け取りウインク。
目がハートの形になったお姉様からのリクエストは「愛しのエリーゼ」と言う曲だ。
しかもエリーゼの名前を、お姉様の名前であるシェリーにして欲しいと。
シェリーの為に歌うとエルヴィスが宣言し、甘い歌声とギターの音色が響く。
マニーさんの太鼓はタメの効いたリズムを創り出し、銀次郎はタンバリンをマラカスに変えて音の厚みを作る。
曲が終わると、シェリーお姉様は泣いていた。
その姿を見てハグするエルヴィス。
周りを見渡すと、オーディエンスのお姉様方怒ってる?
そこからはお姉様方の戦いだった。
銀貨2枚でリクエストが入れば、次は3枚。
その次の曲は4枚と、どんどん跳ね上がっていった。
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突発的に始まった演奏は、盛り上がり的にも売上的にも大成功だったので、そのまま三人で打ち上げをする事になった。
場所はエルヴィスが最初に連れて行ったマリアさんのお店だ。
まだ営業時間外だったが、エルヴィスが店に入るとマリアさんは三人を向かい入れてくれる。
魔性の魅力溢れるマリアさんの胸元には、見覚えのあるパワーストーンで出来たネックレスが見えた。
「来るなら言ってくれればいいのに。マニーさん、ギンジローさんこちらでエールを飲んで待ってて」
マリアさんは三杯のエールとナッツをテーブルの上に置いて、奥へと消えていく。
何となくそんな感じはしていたが、秘密を知ってしまって少し気まずい。
「今日の演奏にブロージット!!!」
そんな事は知らず、テンションの高いマニーさん。
そりゃそうだろう、一時間ちょっとで結構なお金を手にしたのだから。
ドレスに着替えて戻ってきたマリアさんに、銀次郎はエルヴィスと二人分のチップを渡す。
マリアさんは最初受け取らなかったが、こっちは無理を言って営業時間外にお店を開けてもらっているので、強引に受け取ってもらったのであった。