第百三十四話 別れ
「王都で待ってる」
「うん……手紙書くよ」
ソフィアが王都に旅立ってしまった。
ライナさんとアイリスさんにも別れの挨拶をして、馬車を見送る銀次郎。
一時の別れだとは分かっていても、見送るのは苦手だ。
湧き出る熱い何かを抑える為に瞼を閉じると、無邪気な笑顔のソフィアが浮かんでくる。
(寂しいな……)
セバスチャンが送ってくれると言ってくれたが、今日はその申し出を断り歩いてカール商会へと向かった。
「カールさんおはようございます。少し遅くなっちゃいました」
「大丈夫じゃよ。おはようございますギンジローさん。隣のは昔からの友人のユルゲンじゃ。やはり私一人では心細かったから、こいつにも手伝ってもらう事にしたよ」
ユルゲンさんはカールさんの友人で、大工の棟梁だった人物だ。
引退をして暇していたので、カールさんが声をかけたのだ。
「ユルゲンさん初めまして。ギンジローと申します。今回は宜しくお願い致します」
「ユルゲンじゃ。カール一人じゃ不安だから、こんな老いぼれで良ければ手伝うぜ」
お前がいなくても大丈夫だけどなとカールさんは笑う。
木材屋は木材だけ用意しろとユルゲンさんの言葉は厳しいが、お互い楽しそうに笑い合っている。
仲が良い事はすぐに分かった銀次郎は、改めて二人にお願いしてヴェリーヌさんの新しいお店の場所に移動する。
「ここは倉庫があった場所だが、確か跡取りがいなくて廃業したんだっけか」
ユルゲンさんに教えてもらい、こんな良い土地が余っていた理由が分かった銀次郎。
大きな倉庫を何棟も潰して出来た空き地には、ヴェリーヌさんのお店しか建築予定はない。
こんな良い土地なのにもったいないなと思う銀次郎だった。
「お店は余計な仕切りを作らず、出来るだけ一つの空間になる様に作りたいと思います。入り口は二箇所。一つは持ち帰り専門の受付にします」
銀次郎が説明を始めると、カールさんとユルゲンさんは話を聞く事に徹してくれる。
素人の説明だからおかしい所なんてたくさんあると思うが、否定をせず聞いてくれるのは何だか安心するな。
「内装は、この場所にカップを返却する棚を作ります。返却棚の裏に水場を作って、ここでカップは洗います。こっちには棚を作ってもらえますか?」
「そのくらいであれば簡単に出来るぞ。暖炉はどの場所にする?」
危なかった……
今は夏なので暑いが、マインツは冬になると雪が降るみたいだ。
暖炉なんて全く考えていなかった銀次郎は、ユルゲンさんに暖炉の場所は任せる事にした。
「入り口の幅はどのくらいにしますか?」
「いま扉を出しますので、コレを参考に作って欲しいです」
銀次郎は地面に毛布を敷き、ネットショップで買ったガラス製の扉とガラス窓をアイテムボックスから取り出す。
「何じゃこりゃ〜」
今まで冷静だったカールさんがビックリして声を上げる。
ユルゲンさんはガラス窓を触ったままフリーズしてしまった。
「あの〜大丈夫ですか? コレを取り付けてもらいたいんですけど……」
この後、二人に説明するのがとても大変だった銀次郎だった。
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ヴェリーヌさんの新しいお店の打ち合わせを終え、商業ギルドに訪れた銀次郎。
しかしミリアは外出していて会えなかったので、久しぶりに親方の所へ向かう銀次郎。
「すみませーん。親方いますかー? 入りますよー」
どうせ呼んだって来ないのは分かっているが、魔法の様に一応声をかけてから、工房の中に入る銀次郎。
親方とお弟子さん達の作業を邪魔しないように見ていると、しばらくして休憩時間になった。
「ギンジローさん今日はどうしたんですか?」
アントニオさんと挨拶を済ませると、親方が額の汗を拭ってこっちを見る。
「親方こんにちは。ミンサーをまた作って欲しいんですけど」
親方の返事がないので、黙って亀甲ガラスのウイスキーをテーブルに置く。
親方は何も言わずウイスキーを持って作業場に戻り、ミンサーを作ってくれた。
なんか今日は機嫌が悪いのかな?
弟子のアントニオさんに聞くと以前銀次郎が贈ったゴム製品を見て、馬車のタイヤを作ろうとしているのだがうまくいっていないらしい。
「親方呑みますか? 今日は呑みたい気分なんですよね」
「好きにせい。生ハムはあるのか?」
好きにしろと言いつつ生ハムを要求する親方に、三十六ヶ月熟成の生ハムは無いけど、今日は奮発して美味しいもんを作りますよと伝える銀次郎だった。