第百三十二話 アイリスさんとハンバーグ
「ねぇソフィア。あの人って確か……」
ソフィア達がハングリーベアーの食堂に入ると、ライナさんがハリーの事に気付く。
ハリーはソフィア達と同じ王都にある魔法魔術学校の卒業生であり、首席で卒業した魔法使いだ。
本人はあまりその事については話さないけど、ライナさんの反応を見る限り有名人なんだろう。
「ハリーさんですよね? オズワルド先生の研究室で、何度かお見かけしたことがあります。私の事を覚えていますか?」
「申し訳ない。あの頃は自分の事で精一杯だったから、周りを見る余裕がなくて……」
「そうですか……私はライナと申します。ザクセン家の長女で、ハリーさんは私の憧れの方だったんです。今は何をされているのですか?」
「ザクセン子爵家の方なのですね。ライナ様失礼致しました。少し前までは冒険者をやっていたのですが、今はギンジローと一緒に商売をやっています」
「憧れだった方とまたこうして出会えて光栄です。私の事はライナと呼んでください」
ライナさんもハリーの事知ってたんだ。
憧れるくらいの魔法使いって、どんだけなんだろう?
ハリーへのリスペクト感が凄い。
ライナさんが今にもペニシリンを一緒に作りましょうと言い出しそうで、ドキドキした銀次郎だった。
ソフィア達をテーブル席に案内しようとしたが、アイリスさんはカウンター席が良いと言ってきた。
料理を作る所から見たいらしい。
貴族のお嬢様をカウンター席に座らせるのも気が引けたが、本人達が望むならまぁ良いだろう。
「さて、アイリスさんどんなハンバーグがたべたいの?」
「黒いソースのマインツハンバーグと、ソフィアが美味しいって言ってたチーズが中に入ってるハンバーグ。三人で一皿づつ食べるので、とにかくいろんな種類のハンバーグを試したいのですがダメですか? あとマインツハンバーグでの街おこしについて教えて頂きたいです」
「別にいいけどハンバーグはたくさん種類があるから、たべきれるかな?」
すると普段無口なバーニーさんが、余ったら食べるから大丈夫だと言ってくれた。
それより銀次郎の作るハンバーグに興味があるから、できるだけ種類をたくさん作ってくれとお願いされた。
長男のルッツも勉強したいと申し出てくるし、何よりハリーが面白そうだと乗り気だ。
あなたはさっきモーニングハンバーグをたべたでしょうと思いながら、銀次郎はハンバーグを作り始めるのであった。
「一品目は王道のマインツハンバーグ。この黒いソースはマインツ家で作っていて、野菜やお肉、後はスパイスがたくさん溶け込んで複雑な味に仕上がっているから」
貴族のお嬢様に出すマインツハンバーグなので、銀次郎は喫茶店時代に使っていた白いお皿で提供する。
「なんか前のお茶会の時と同じだね」
アイリスさんがハンバーグにナイフを入れる時、ボソッと呟いた。
誕生日ケーキのナイフを入れる時を思い出したらしい。
入り口付近で待機している執事のスチュアートさんは、ハンカチを目元にあてている。
あの人は相変わらず涙脆いな。
「うわ〜肉汁が溢れてきた」
衝撃的だったらしい。
アイリスさんが一口たべた後、幸せそうな顔をしている。
ライナさんもコクコク頷いている。
ソフィアはギンジローが作ったんだから当然よとドヤ顔である。
ソフィアってたまにこのモードになるよな。
まぁそんなソフィアが大好きなんだけど。
「マインツハンバーグは噛めば噛むほど肉汁が溢れ出てくるよね。これを飲むとレモンの酸味が口の中の脂分を流してくれるから、永遠に肉汁を楽しむ事が出来るよ」
ハリーは木のカップに氷魔法で作った氷を入れて、はちみつレモン水を渡す。
「ハリーさんって氷魔法も使えるんですか?」
驚くライナさんに、最近覚えたんだと説明するハリー。
「私の分は自分で氷を作ってみますね」
ソフィアは木のカップに手をあてると、ハリーと同じように氷魔法で氷を作り出す。
「ボクよりその氷の方が魔力が込められている。さすがですね」
銀次郎からすると魔法が使える時点で凄いのだが、ハリーが認めるくらいなんだからソフィアは凄いんだろう。
ハリーの作る氷は時間が経つと溶けていくらしいのだが、ソフィアが作った氷は魔力を解放しない限り溶けないらしい。
「ソフィアごめん。この氷って薄く長く作る事って出来る?」
ソフィアにお願いすると、ギンジローの為ならと氷魔法を使ってくれた。
「これは凄いや……今まで作れなかった物が、この氷があれば全部作れる」
ソフィアの手を取り喜ぶ銀次郎を、微笑ましく見守るライナさんとアイリスさんだった。
●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●
「ギンジローさんご馳走様でした。どれも素晴らしかったですが、私はアツアツの鉄板にマインツソースをかけるのが気に入りましたわ」
ライナさんは、王道マインツハンバーグの鉄板焼きが気に入ったそうだ。
マインツソースをかけて料理を仕上げる行為が、新鮮だったとの事だった。
「私はとろーりチーズの後のハンバーグですね。もっとチーズが欲しいと興奮して楽しかったです。私にあんな面があるなんて知らなかったです」
恥ずかしそうにそう言ったのはアイリスさんだ。
元々チーズは好きだったのだが、ああやって自分の好みで追いチーズ出来るのが興奮したそうだ。
ルッツの追いチーズの掛け声も良かった。
味だけではなく、演出面でも満足させる事が出来れば、お客さんは喜んでお金を払うもんな。
この後は紅茶とパウンドケーキを楽しむ事にした。
その中でアイリスさんが知りたがった、ハンバーグで街おこしについて説明をする。
その土地の名物を作って、冒険者や旅人を集める事によって店が儲かる。
そのお店は仕入れをしているわけで、その仕入れの業者さんも潤う。
人が集まれば周辺の宿屋も潤い、結果街の税収も上がり、マインツ家も潤うと言った話だ。
実家が大きな商会のアイリスさんは、小さい時から商売の事については学んでいたが、領地経営の視点で商売を考えた事がなかった。
そんなに難しい事はしていないんだけど、真剣に聞いてくれるアイリスさんに、なんだか自分が認められた気がして嬉しかった銀次郎だった。