第十一話 クレイジーなソルト
ハングリベアーの食堂で今日もモーニングをたべる。
バーニーさんの作る料理は美味しいが、塩分が少しだけもの足りない時がある。
これはバーニーさんが悪いのではなく、単純に異世界の塩は混ぜ物が多く低品質だからだ。
「バーニーさん。これ私が好きな岩塩なんですけど、良かったら使ってみませんか?」
銀次郎が喫茶店で使っていた、ハーブ入りの岩塩を渡す。
シェフおすすめのクレイジーなソルトとして、知る人ぞ知る逸品だ。
手の甲にクレイジーなソルトを振って、味見をするバーニーさん。
「うまいな」
「私のお気に入りなんです。色んな料理に合うので試してください」
良質なハーブ入りの岩塩を使えば、ハングリーベアーの料理が更に美味しくなる事は間違いない。
バーニーさんもクラーラさんも良い人だし、お世話になっているので応援したかった。
本当は胡椒も渡したかったが、この世界の胡椒は高額だと聞いたので、気軽に受け取ってくれる物を選んだ。
「ギンジローさん無理してない? お客さんなんだからそんな気を使わなくていいのよ。でも嬉しいわ。ギンジローさん今度何か食べたい物はある? もらってばかりで悪いから、何かご馳走するわよ」
この世界に来て知り合いは少ないが、バーニーさんとクラーラさんの優しさに居心地が良いと感じる。
「ご迷惑じゃなければ、また今度厨房を貸してくれませんか? どうしても料理したくなる時があるんです」
「いつでもいいぞ」
丸太の様な腕を組みながら、こっちを見るバーニーさん。
その腕は凶器だが言葉は優しい。
「私の故郷で人気だった、お肉の料理を作りますね。材料はお店にある物を使ってもいいですか?」
組んでいた腕を外して、親指を立てるバーニーさん。
クラーラさんからどんな料理か聞かれたので、ハンバーグの説明をしたが、挽肉の意味が分からないとの事だった。
とにかく楽しみにしていると言われたので、頑張って美味しく作ろうと思う。
「久しぶりに料理が作れるので楽しみです。食後には紅茶と蜂蜜を使ったデザートも出しちゃいますね」
「ギンジローさんいいの? うちの主人は蜂蜜に目がないし、またあの美味しい紅茶が飲めるなんて嬉しいわ」
今日もクラーラさんの笑顔に癒された。
明日のこの時間に賄いを作る事を約束して食堂を出る。
食後の散歩がてら大通りを歩いてエルヴィスの店に行くと、エルヴィスはいなくお母さんが接客中だ。
目で軽く挨拶をして、店内の商品を見てまわる銀次郎。
しばらくすると店の奥からエルヴィスが出てきた。
「ギンジローどうした?」
お互い挨拶のグータッチをするが、イケメンの仕草はどこを切り取ってもイケメンだ。
「このシャツが気に入ったのと、お茶会の仕事がうまくいったから、新しいシャツを作ろうかと思って」
すると胸元がざっくり開いたシャツを着ている、ワイルド金髪イケメンのエルヴィスが心配そうに
「ギンジローなら別に分割払いでもいいぞ。良い生地を使ったオーダーメイドがウチの売りだから値が張る」
笑いながら肩を組んでくるエルヴィスに、問題ないと伝える。
この間サイズは測ったので、白いシャツを注文した。
エルヴィスは良いと言ったが、心配かけたくないので銀貨7枚を払っておく。
支払いは済ませたが、エルヴィスがチラチラこっちを見てきた。
この世界に来てまだ間もないが、エルヴィスとは親友だと思っているから分かる。
これは俺を連れ出せの合図だ。
遠くを見ると、お母さんがこっちを見ている。
これもなんとなく分かる。
息子を絶対逃さないという目線だ。
「少し息子さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
実際シャツを買ったお客さんなので、お母さんも強い事は言えない。
しかし母親だから、息子が仕事をサボろうとしている事を分かっている。
しかし銀次郎には秘策があった。
アイテムボックスからある物を取り出す。
「つまらない物ですがこちらを受け取ってください。私の故郷で人気の甘い物です」
甘い物と聞きお母さんは笑顔になる。
どの時代もどの世界でも、お願い事といえば羊羹だ。
甘いものは高価だから受け取れないと言いつつ、その手は羊羹の箱を離さない。
ぜひお納めくださいと、銀次郎はその箱を押し出す。
すっかり上機嫌になったお母さんに挨拶をして、店を出た銀次郎とエルヴィス。
「ギンジロー助かった」
そう言ってご機嫌なエルヴィスと街を歩いていく。
「どこか行きたい場所あるか?」
そう聞かれたが、特にやることはない銀次郎。
「別にないよ。エルヴィスは?」
聞いてはみたが、エルヴィスは店をサボれればいいらしい。
男同士なんで別に何もしなくても楽しいが、通り過ぎていく女性達が、チラチラとエルヴィスを見るのは何だか面白くない。
「どうしたギンジロー?」
別にとだけ答えて歩いていると
「ギンジロー、タンバリン持ってるか?」
「あるよ。あとマラカスも」
そう言ってアイテムボックスから取り出す。
「マジックバッグは便利だなぁ」
本当はアオからもらったアイテムボックスだが、説明するのが面倒なので適当に流す銀次郎。
すると隣を歩いているイケメンが、肩を組み身体を引き寄せる。
「面白い事やろう」
そう言うと銀次郎を連れて、目の前の店に入るのであった。
このクレイジーなソルト、個人的に好きな岩塩なんです。味が劇的に変わってお勧めです。