第百二十二話 万年筆
陽の光で自然と目を覚ます銀次郎。
昨日はマニーさんとマリアさんのお店に行って、楽しかった記憶がある。
そう言えばマニーさんが幸運のネックレスをつけてから、楽器が売れて笑いが止まらないって言ってたな。
リンダさんとも仲良くやってたし、あのネックレスの話は実話だったのかな……
「ギンジロー様おはようございます」
庭に出て井戸水で身体を洗っていると、セバスチャンが声を掛けてきた。
「おはようございます。今日って約束してましたっけ?」
約束はしていないが、もし時間があるのならソフィアに会って欲しいとの事だった。
お茶会の打ち合わせもしたいので、一度部屋に戻り準備をしてから馬車に乗り込みマインツのお城まで連れて行ってもらう。
「ギンジローおはよ。昨日の夜は遅かったの? セバスが宿に行っても居なかったって言ってたから」
ドキッとする銀次郎。
別に何もなかったのだが、マリアさんのお店に行って楽しかったのは事実だ。
何となく気まずくなった銀次郎は、話題を代える為にアイテムボックスからプレゼント用の万年筆を取り出す。
「インクが中に仕込んであるペンだよ。セバスチャンとエルザさんの分もあるからね」
紙も渡して試し書きをしてもらうと、インクを付けなくても何文字でも書けると喜ぶソフィア。
そんな姿を見て銀次郎も何だか嬉しくなる。
「これ今度のお茶会のサプライズにしてもいい?」
友人のライナさんとアイリスさんは学生なので、万年筆は重宝されるだろう。
白髪の執事スチュアートさんにも渡したら喜んでくれるかな?
そんな事を話していると、ソフィアの部屋にクーノさんが入ってきた。
「ギンジロー君が来てるって聞いたからお邪魔するよ〜」
クーノさんに挨拶をすると、テーブルの上に置かれている万年筆に興味を示す。
「これはインクが中に仕込まれているので、わざわざインクを付けなくても書けるペンです。クーノさん使ってみますか?」
万年筆を手渡すと、紙に自分のサインをするクーノさん。
「ちょっと待って。えっ? 何だこれ」
驚きを隠せないクーノさんだが、クーノさんの分は用意していない。
残念そうにしていたので、今度来る時に用意しますよと伝えると一気に笑顔になった。
「ありがとうギンジロー君。数があるならいくつか買いたいんだけど売ってくれないかな?」
数はいくらでも用意出来るが、今度何種類かサンプルを持ってくる事を伝える。
よろしくね〜と言って、風の様に部屋を去るクーノさんに、この人は自由だなと思う銀次郎だった。
「ソフィアこの後、前に行った養鶏場に行きたいんだけど付き合ってくれる?」
「もちろん。着替えるから少し待ってて」
銀次郎が部屋で待っていると、薄い青色のワンピースに着替えたソフィア。
綺麗だなぁと見つめていると、ソフィアが手を繋いでくる。
セバスチャンとアメリーがいるので少し恥ずかしいと思う銀次郎だったが、セバスチャンは気を遣って見て見ぬふりをしてくれた。
アメリーは手で目を隠していたが、指の間からしっかりと見ている。
恥ずかしいけどソフィアとこうして過ごせるのもあと少しなので、そのまま外に出て馬車へと乗り込むのであった。
「養鶏場に着きましたがどうされますか?」
用事があるのはこっちなので、セバスチャンとアメリーには馬車で待っててもらい、養鶏場の中に入っていく銀次郎とソフィア。
「失礼します。突然で申し訳ございませんが、進捗を確認したくてやって参りました。少し見させてもらっても宜しいでしょうか?」
「もちろんですよ」
養鶏場のご夫婦に挨拶を済ませた後、工事をしている建物を見てまわった。
四つの養鶏場とエサを保管する倉庫、更には新しく雇う従業員の家や、水場の整備など大規模に工事が行われている。
「この感じなら早めに玉子が増産出来そうだ。目玉焼きマインツハンバーグの店主が喜びそうだし、これならマヨネーズも売り出してみてもいいかな?」
「ギンジロー楽しそうだね。私は仕事をした事がないから、もっと仕事の話を聞きたいな」
頭をそっと撫でて、ソフィアの話も聞きたいよと伝える銀次郎。
この前セバスチャンから聞いたソフィアの学校での話を、銀次郎はまだソフィアから聞かされていない。
苦労していると思うが、そのような様子を一切見せないソフィアに、今は寄り添って上げようと心に誓う銀次郎だった。
「これ大工さん達に差し入れです。みんなでたべて下さい」
養鶏場のご夫婦と別れ、馬車に戻る銀次郎とソフィア。
「お帰りなさいませソフィア様、ギンジロー様。この後はどうされますか?」
「マインツの街に戻ってもらえますか? 今ならまだ間に合うと思うので、問屋街のヴェリーヌさんの果実水のお店に寄って欲しいです」
「果実水のお店?」
ソフィアには安くて美味しい果実水のお店で、若い男性に人気があるんだけど、店主のヴェリーヌさんと親友のエルヴィスの関係が怪しくて、ハラハラドキドキしている事を話す。
「ギンジローのスーツを作った人ね。私も今度ドレスを作ってもらおうかな?」
「それならこの後お店に行こう。ドレスはプレゼントするよ」
「いいの? ありがとうギンジロー。刺繍を入れてもいい?」
この間作ったスーツの内ポケットに悪戯をされた銀次郎だが、あれは良い思い出になった。
何かしらのサプライズが出来ないか、エルヴィスと相談してみようと考える銀次郎だった。