第百二十話 カールさん
「突然ですみません。相談があって来たのですが」
銀次郎は木材商会のカールさんの所へ訪れた。
「あらどうしたのギンジローさん。旦那を呼んでくるから中に入って」
応接室に通された銀次郎は、椅子には座らずそのまま立ってカールさんを待つ。
「どうされましたかな?」
「カールさん突然で申し訳ございません。少し相談がありまして」
銀次郎は玉子を増産する為に、養鶏農家と交渉して建物を増やしている話をした。
だがその為にマインツの街中の大工さんが呼ばれてしまい、知り合いの果実水のお店がリニューアル出来なくなっている。
そこで木材商会のカールさんの伝で、なんとか大工さんを紹介してもらえないかと相談する銀次郎だった。
「仲の良い大工が急に大きな仕事が入ったと言っていましたが、ギンジローさんが関係していたんですね」
カールさんに問屋街の果実水のお店の話をする銀次郎。
「ほっほっほ。そのお店は知ってますぞ。安くて美味しい果実水の店で、店主はえらく別嬪さんだったからな」
別嬪という言葉に反応する奥様のレーアさん。カールさんは失言をしてしまった事に気づき、おでこを叩いている。
「カールさん何か色々とすみません。大工さんの知り合いがいれば紹介してもらいたいのですが……」
銀次郎がお願いすると、若い衆を使いに遣って知り合いの大工さんに聞いてもらったが、やはり人手は余っていないそうだ、
「私で良ければお手伝いしますよ。木材商会を立ち上げる前は、大工をやっていましたのでそれなりに腕は立ちます。今は暇を持て余した身ですし、うちから木材を買ってくれるならお店を建てますぞ」
「本当ですか? 助かります。木材はもちろんですが、大工仕事の給金っておいくらぐらい出せば宜しいのでしょうか?」
「そんなもんはいいですよ。さっきも言いましたが木材だけはうちで仕入れて下さい」
それは恐れ多いので何とかお金を払おうとするが、カールさんはただ笑っているだけだった。
人情で生きるカールさんに、ただただ感謝する銀次郎だった。
「そういえば今度マインツのお城で社交ダンスの練習があるって聞いたけど、息子達が見たいっていうの。連れて行っても良い?」
奥様のレーアさんに言われてハッとする銀次郎。
出場者に慣れてもらう為にお城で踊ってもらうが、本来は社交ダンスの発表会の予行練習なので、お客さんはある程度いた方が良い。
食事の段取りや導線も確認したかったので、是非連れて来てくださいと伝える。
「あぁ楽しみだわ」
喜ぶレーアさんを見て、銀次郎も笑顔になるのであった。
「ところでアナタ。別嬪さんって?」
カールさんごめんなさい。
カールさんは大工仕事を受けてくれた恩人だが、忍法見て見ぬふりを発動させる銀次郎。
その後、息子さんが顔を出してくれたが、息子さんの奥さんが果実水のお店を知っているか聞いた。
「あーあの店なら知ってるよ。安くて美味いし店主がキレーなんだよねー。って……えっ?」
忍法見て見ぬふりもどうやら限界のようだ。
銀次郎は小声でお邪魔しましたと言い、そっと部屋を出るのであった。
レイチェルさんのダンスホールに行って、マインツのお城での練習について打ち合わせをした銀次郎。
ダンスと演奏の練習以外にお客さんも入れて予行練習をすると伝えると、レイチェルさんはみんなに声をかけると張り切っていた。
「参加者がどの程度の人数になるか分かったら教えて下さい。馬車はレイチェルさんのダンスホール、後はマインツの大聖堂から出ます。どのくらいの馬車を用意すれば良いか知りたいので、宜しくお願い致します」
「わかったわ。ありがとねギンジローさん」
レイチェルさんとハグをして別れると、商業ギルドに戻る銀次郎。
するとエミリアも戻ってきていたので、大工さんの手配はできた事を伝える。
「ホント?」
「うん本当だよ。迷惑をかけてごめん」
するとエミリアの表情が緩んだので、この娘なりに悩んでいたんだなと感じる銀次郎。
他に何か悩みがあるか聞くと、ケーキもお店で出したいと言ってきた。
ケーキか……
「将来的には自分でケーキのお店も作りたいと思っていたけど、ヴェリーヌさんのお店で試してみようかな?」
ヴェリーヌさんがOKなら、新しいお店でケーキを出してみようと決意する銀次郎。
ケーキ、ケーキと喜ぶエミリアを見て、さてどうするかなと考えるのであった。
「ところでハリーは今まで何やってたの?」
一度別れてからずっと商業ギルドにいたハリーに尋ねると、王都での話をミリアとしていたそうだ。
「コンペートーを王都の商会に持ち込んだ後、王都の商業ギルドにも行ったんだ。ミリアの知り合いにコンペートーの話をしておいたんだけど、今日ミリア宛に手紙が届いて」
羊皮紙に書かれた手紙を受け取った銀次郎。
中身を確認すると、ハリーが最初に訪れたシュミット商会からコンペートーについて王都の商業ギルドに問い合わせがあったとの事だった。