第百十五話 初手厚切りステーキ
「自分で肉を焼けば良いのかい?」
乾杯を済ませた領主のレオンハルトさんは、次にどうしたら良いか聞いてくる。
他のみんなは早くたべたいが、領主が食事を始めなければ手はつけられない。
「えーっと。好きなお肉をこの網の上に置いて焼いて、焼き上がったらここにネギ塩ダレ、クレイジーなソルト、レモン汁、マヨネーズ、あと焼肉のタレ甘口と辛口があるので好きなのをつけてたべて下さい」
マインツ家初のバーベキュー。
異世界では肉料理といったらステーキか肉串なので、薄く切ったお肉をたべる習慣がない。
どのお肉にするか悩んでいるレオンハルトさんを見ていると、同じ様に悩んでいるソフィアが目に入った。
「どうしたの?」
「みんなで食事をするの楽しいなって。ねぇギンジロー。どのお肉が美味しいの?」
「今日はたくさんの種類のお肉が並んでる。どれもおいしいと思うけど、最初はさっぱりしたお肉から始めると良いかな」
銀次郎は密かに溜め込んでいた、厚切り牛タンを焼き始める。
すると聞き耳を立てていたレオンハルトさんや他の人達も、同じ様に厚切り牛タンを焼き始める。
「片面に焼き色がついたらトングでひっくり返して、このネギ塩をたっぷりのっけるんだ」
するとまたみんなも真似して、牛タンをひっくり返しネギ塩をのっける。
ジューと厚切り牛タンの焼ける音だけが聞こえる。
みんなが一斉に牛タンを焼き、無言でこっちを見ているからだ。
なんかやりにくいなと思うが仕方ない。
良い感じに焼き上がったので、お皿に厚切り牛タンを乗せてテーブルに置く。
ソフィアが席に座ると、ナイフとフォークを使い厚切りの牛タンを口に入れる。
「ギンジロー美味しいね」
ソフィアの笑顔に心が癒されるな〜
ちなみにレオンハルトさんからこのお肉は何だと聞かれたので、牛の舌だと答えるとえらく驚いていた。
領主に聞かれたのでつい答えてしまったが、これで牛タンの素晴らしさがバレてしまったな。
牛タンの価格が上がらない事を願う銀次郎だった。
マインツ家のテーブルで一通り話をした後、使用人のみんなが楽しんでいるか確認しに行く。
すぐに料理長のオリバーを見つけるが、表情を見ると何だか苦しんでいる様に見えた。
「オリバー大丈夫?」
「あぁ大丈夫だ……ステーキを焼く事に集中したいのだが周りが気になってな……」
どうやらオリバーはバーベキューだというのに、初手厚切りステーキを選んだみたいだ。
若い料理人達は骨つきカルビやロースなどを焼いてたべているが、初手厚切りステーキを選んだオリバーはまだ一口も肉をたべれていない。
トングを持った手が震えている。
別に他のお肉を焼いてたべればいいじゃんと言ったが、この厚切りステーキを最高の状態に仕上げてたべたいからと変なこだわりを見せていた。
「ねぇみんなちょっと来て」
オリバーを横目に若い料理人達を集める銀次郎。
「このお肉は骨付きカルビといって脂がすごくおいしいんだ。この黒いソースは焼肉のタレは甘辛くてこのお肉に合うから、みんなで焼いてたべようよ」
骨つきカルビを盛ったお皿に焼肉のタレをぶっかける銀次郎。
そのお皿を持ってオリバーの風上に立ち、みんなで骨付きカルビを焼き始めると一気に煙が立ち上がる。
骨つきカルビの脂と、甘辛い焼肉のタレで出来た煙と匂いがオリバーの身体を包み込んだ。
「ゲホンゲホン」
オリバーがキリッと睨めつけてくるが、脂の乗った骨つきカルビが焼き上がる頃には、オリバーの眼は骨つきカルビに釘付けだった。
「お肉たべますか?」
「いらん……俺はステーキを食べるんだ」
まだ焼き上がっていない厚切りステーキに目をやるオリバー。
次は若い料理人の番だ。
「料理長本当にいいんですか? この肉美味しいですよ」
「あぁ……俺にはステーキがあるから大丈夫だ」
次は自分が行きます。
お酒を呑んで少し頬を赤くした若い料理人が、オリバーの隣に立つ。
「料理長!この甘辛いソースと肉の相性が抜群で美味しいです。料理長も食べてみませんか?」
「あぁ……後でな……」
悪ノリをはじめた銀次郎と料理人達だが、五人目にしてキレたオリバーに全員ゲンコツをもらった。
やりすぎたねとみんなで反省したが、その後焼き上がったステーキを見せつける様にしてたべるオリバーに、またみんなで悪戯をしようと約束をするのであった。