第百十四話 肉食系虎さん
「なんで知ってて言わなかったの?」
ハリーが珍しく怒っている。
その理由はハンバーグのタネを作る時に、氷で温度を下げて脂が溶け出さない様に練って作ると、ジューシーなハンバーグになると教えたからだ。
だって氷を毎回出すのも面倒だったし、氷を使わなくてもみんな美味しいって言ってたじゃん。
喫茶店で作っていた時には、冷蔵庫もあったし手を氷水で冷やしていた。
妥協と言われれば妥協だが、環境も違うしそれは許して欲しいと思う。
そう言えば氷を入れるか乗っけて焼いても、ジューシーに仕上がると話すとまたハリーに怒られた。
ハリーのハンバーグにかける情熱は、変態級だなと思う銀次郎だった。
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場所はマインツ家のいつもの書斎、エルザさんと二人っきりである。
昨日納品したソファーに浅く座り背筋をピンと張る。
「エルザさん宛の手紙を友人のハリーより受け取りましたのでお渡し致します。ハリーがマインツ家で馬車を出してくれて、助かりましたと言っていました」
エルザさんは手紙を受け取ると、メガネを取り出して読み始める。
しばらくその姿を黙って見ていると、エルザさんは手紙を読みながら独り言の様に話し始めた。
「私が学生の頃に戦争が終わったの。今でこそ平和な暮らしになったけれど、当時は食事をするのも大変な時代だったのよ。マインツは土地が豊かで農業が盛んでしょう。私がマインツ家に嫁ぐ事で、実家は食糧難を回避したのよね。それが貴族の家で生まれた女の運命なのだけれど……私は恵まれていたわ。だってパパがとっても良い人だったから」
しばらくお惚気が続いたが、エルザさんの話が一変したのはマインツにミスリル鉱山が見つかってからだ。
農業で有名だったマインツにミスリル鉱山が見つかり、経済的も豊かになった。
しかしマインツ家が成長していくのを良く思わない者が、王都でマインツ家が独立するのではとデマを流したのだ。
馬鹿げた話だったのでマインツ家は無視をしていたが、人の噂とは怖いものである。
次々にあらぬ疑いをかけられてしまい、とうとう領主であるレオンハルトが王都に呼び出されてしまうのであった。
噂はデマだとレオンハルトは主張するが、証拠は出しようがない。
結局レオンハルトは財政難の地域に食糧の無償提供を行う事で、国に対して忠誠心を現したのである。
その結果レオンハルトはこの国の農業を任される事になったのだが、それは表向きの事であり事実は何かあった時の人質だった。
しかも後継となる息子達も一緒に王都で生活をする事に。
本来後継は暗殺や事故で同時にいなくなるのを防ぐ為に、別々に住む事が多いのだがそれすら許されていないのだ。
旦那さんであり領主が普段居ないこのマインツの街を支えているエルザさんは、本当に強い方だなと尊敬する銀次郎だった。
「ねぇギンジローさん、なんだか悲しい顔をしてるけど悪い事だけではないのよ」
理由はともあれ、レオンハルトさんはこの国の農業を任せられて世間的には出世した。
伯爵家ではあるが、それ以上の影響力をマインツ家は持つ事になったのだ。
それに噂を流して足を引っ張っている貴族もある程度分かったので、いつかやり返してやると。
それにこの手紙には、エルザさんにとって嬉しい事が書かれていたのだ。
「お酒が飲みたいわ。あと美味しいお肉も。ギンジローさん付き合ってくれるわよね?」
「え?」
急に言われて理解するのに時間がかかったが、銀次郎に断る勇気も権利もない。
今日はソフィアがお茶会で作る料理の練習に来たが、予定変更をせざるを得ない。
銀次郎がお酒と、ハンバーグ以外のお肉料理を準備する事になったので、出来上がり次第声をかけさせてもらうと伝え、ソフィアの元へ向かう銀次郎。
「急遽なんだけど、これからエルザさんと食事とお酒を呑む事になったから、料理の練習はまた明日にしよう」
「良いけど、どうしたのかしらお母さん。お昼からお酒なんて何かあったのかな?」
ソフィアに謝って銀次郎は厨房へと向かった。
「オリバーごめん。昼食を作ってると思うけどエルザさんの食事は自分が作る事になったから、エルザさんの分はキャンセルして欲しい」
オリバーに伝えるが、すでに話が来ていたようだ。
「坊主どうするんだ?」
オリバーがいつになく真剣に聞いてくるので、エルザさんの食事を作って一緒にお酒を呑むと伝えるが、オリバーの聞いていた話とは違っていた。
「マインツ家の家族全員で食事とお酒を……えっ? みんなもお酒を呑むことを許可されたの?」
オリバーの話だと、門番や警備以外の手が空く人は全て、昼食にお酒を呑む許可が出されたらしい。
こんな事は初めてだが、今日はとにかくお昼からみんなでお酒を呑もうと。
みんなの昼食も銀次郎が作る事になり完全なる無茶振りだが、逆にテンションの高くなった銀次郎は準備を進めるのであった。
「この木陰にテーブルと椅子を用意して下さい。食器はこちらに。あとここにもテーブルを出して下さい。火を起こすので見ててもらえますか?」
使用人の方々にお願いして、急いで厨房に戻る銀次郎。
「オリバー大丈夫そう?」
「あぁ問題ないぞ。坊主見ろよこの樽は極上の赤ワインだ。こっちの白ワインも特別な白ワインで、エール樽も奥様がこんなに用意してくれたぞ」
厨房の料理人達も手伝ってくれて準備が完了したので、食材を持って庭へと向かうのであった。
「みなさん集まりましたね。今から私の故郷で人気のバーベキューをします。自分で好きなお肉を焼いて、このネギ塩ダレにつけてたべるだけです。塩だけでたべても良いですし、野菜にお肉を乗せてたべても良いし、なんならマヨネーズをつけても良いです。飲み物も自分が飲みたいのを自分で作る。ただそれだけです」
マインツ家の方々にはテーブルと椅子を用意したが、あとは立食スタイルである。
「外で食事なんて面白い事を考えるね」
「貴族の方に外で食事は失礼だったかもしれませんが、使用人も一緒に楽しむならこれかなと思いまして……」
領主のレオンハルトさんは、そんなこと気にしなくて良いと言ってくれたので一安心の銀次郎。
まずはみんなに飲み物を選んでもらう。
「凄いね〜氷水にエール樽が浸かってるよ」
次男のクーノさんはエール樽を取り出して、自分でグラスに注ぐ。
「泡だらけになっちゃったから先に呑んでも良い」
ダメですと伝えて、みんなに飲み物が行き届くまで待ってもらう。
お酒が呑めない方の為に、果実水の他にコーラと牛乳も用意しておいた。
「パパお願いね」
小声でエルザさんが声を掛けると、領主のレオンハルトさんは赤ワインの入ったグラスを掲げる。
「プロージット!」