第百七話 おまじない
虎との商談を終えて、銀次郎はソフィアに会いに行く。
「お願いってなに?」
すでに話が通っていたが、いくらセバスチャンとはいえ聞かれるのは気まずい。
銀次郎がモジモジしているとセバスチャンは空気を読んでくれたのか、紅茶を用意しますといって部屋を出ていった。
「ちょっと恥ずかしいんだけど、大事な事らしいから、二人っきりの今のうちにお願いするね。冬用のコートのおまじないをソフィアにして欲しいんだ」
「おまじない?」
ソフィアが首を傾ける。
「おまじない知らない?」
「知らないけどギンジローのお願いならいいよ。どうするの?」
戦争があった時の話だから、ソフィアは知らないのかな?
エルヴィスは大事な事だって言ってたし、セバスチャンが戻ってくる前に終わらせないと。
銀次郎は決意してソフィアに伝える。
「冬用のコートを好きな人に最初に着せてもらうと、命が守られるらしいんだ。まだ冬じゃないけどコートを手に入れたから持ってきた」
エルヴィスにもらった冬用のロングコートを取り出して渡すと、小声で好きな人って…… ソフィアの頬が赤色に染まる。
銀次郎の顔はもちろん真っ赤だが、とにかくセバスチャンが戻る前におまじないを済ませたい。
ソフィアがロングコートを持ってくれて後ろにまわる。
右手を通して、こんどは左手と……
うん、肩幅も丈も袖の長さもぴったりだ。
ソフィアにありがとうを伝えようと振り向くと、急にそんな事言うんだから、恥ずかしくて顔が真っ赤だよ。
そんな顔は見せれないと、ソフィアが胸に飛び込んで顔を埋めてきた。
「好きだよソフィア」
少しだけ強めに抱きしめた後、頭をゆっくり何度も撫でる。
「私も……」
腰に手を回して見上げてきたソフィアに、銀次郎は優しく顔を近づける。
抱き合ったままの二人。
いつまでもこうしていたいけど、セバスチャンが戻ってきちゃうなと考える銀次郎。
ソフィアはまだ恥ずかしいのか、もう一度胸に顔を埋めた。
「ギンジロー」
「ん?」
「もう一回言ってほしい」
「好きだよ」
「愛してる?」
「愛してるよ」
「うん。知ってる……だって……ここに書いてあるもん」
「ん?」
ソフィアがボタンの閉まっていないロングコートの内側を指差す。
左胸の裏地には「ソフィア愛してるよー」と刺繍が入っていた。
エルヴィスの奴やりやがったな!
今日のエルヴィスは明らかに様子がおかしかった。
悪戯が過ぎると思ったが、この幸せな気持ちを減らしたくなかったので、今はその事については考えるのをやめた。
ソフィアが笑っていたので、もう一度だけ頭を撫でてから抱き締めるのであった。
ガチャリ。
扉が開く音がしたので急いで離れる。
「ギンジロー様、コートを着てどうされましたか?」
「んーちょっとねー。セバスチャンは冬用のコートのおまじないって知ってますか?」
「申し訳ございません。私は存じ上げておりません」
でしょうね……セバスチャンが知らないなら完全に嘘だな。
冬用のロングコートを着て顔が火照っちゃったなと、銀次郎は下手な芝居をしてコートを脱ぐのであった。