第百六話 クーノさんの嘘
「やっぱりクッションのあるベッドは目覚めがいいなー」
昨日の夜にネットショップで自分用のベッドを購入した銀次郎。
朝起きて身体の軽さにビックリだ。
マリアさんのお店用のソファーとサンプルのソファーはすでにアイテムボックスに入れてあるが、これならベッドも売れそうだ。
ネットショップでベッドと枕、羽毛布団を追加購入する銀次郎。
さて今日も頑張りますかな。
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「ここで最後だね」
展示会で注文を受けたドレスの最後の納品だ。
エルヴィスはまだ虎達のドレスを作っていないので、正確にはまだ最後ではないのだが、これで一息つけるだろう。
「素敵なドレスを作ってくれてありがとう。お城で踊れるなんて夢みたいだわ」
マダムがお礼をすると、エルヴィスはマダムの手を取った。
「私と踊ってくれませんか?」
優雅に踊るエルヴィスとマダム。
最後の納品だからエルヴィスもテンションが高いのかな? なんかいつもと違う気がする。
しかしまぁ……急にダンスを踊るなんて、イケメンだからこそ許される行動に、銀次郎は苦笑いをするしかなかった。
「ハリーは元気にしているのかな?」
納品を済ませてエルヴィスの店に戻ると、ハリーの話題になった。
携帯電話があれば何をしているのか聞けるのだが、異世界では連絡を取るのが難しい。
早くハリーに会いたいなと思う銀次郎だった。
「この前に貰った足踏みミシン、針が正確で早くて助かってるよ。ありがとなギンジロー」
さっきも思ったが、今日のエルヴィスは何か変だ。
マダムとダンスを踊ったかと思えば、今は自分に対して素直に感謝してくる。
違和感を感じるが、エルヴィスからお礼に作ってもらった冬用のコートを見せられて、その考えはどこかにいってしまった。
「ギンジローはコートのおまじないは知ってるか?」
「おまじない?」
そんなのは聞いた事がないのでエルヴィスに教えてもらう。
冬用のコートは最初に好きな女性から着させてもらうと、その人の命を守ってくれるらしい。
真冬になると街中であれば問題ないが、山の方では結構な雪が降る。
時には道に迷い、寒さで命を落とす者もいるそうだ。
元々は戦争があった時の話らしいのだが、危険が近くにある世界だからこそ、女性は願いを込めておまじないをするとエルヴィスが熱く語ってくれた。
「じゃあちょっと行ってくるわ」
好きな女性って恥ずかしいけど、命に関わるのなら銀次郎はソフィアにお願いしようと思うのだった。
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マインツのお城に着いて、セバスチャンに虎とクーノさん、そしてソフィアに会いたいと伝える。
「エルザ様とクーノ様が先でも宜しいでしょうか?」
おまじないは私用なので、セバスチャンの提案通り、先に虎とクーノさんに会うことを伝える。
「失礼致します」
応接室に通されると、クーノさんが立って待っていた。
「ギンジロー君。この間はみんなで食事してお酒を飲んだって話だけにして欲しいんだ。二軒目には行かなかったって事で」
別に悪い事はしていないが、やはり女性のいるお店でお酒を呑んだ事は、内緒にして欲しいのかな。
大丈夫ですよと伝える。
「ギンジローさん今日は顔色がいいのね。良かったわ」
「この間はご迷惑をお掛け致しました。人選についてはこの間お話をした通り、どの料理人を連れていっても問題ないと思います。オムレツもみんな練習しているみたいですし、マインツ家の料理人はみんな勉強熱心ですよ」
セバスチャンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、様子を窺う銀次郎。
「そうね。あのオムレツは毎朝いただいているわよ。ところでこの間クーノが迷惑をかけなかった?」
「いえいえ。迷惑をかけたのは私です。クーノさんは私の為に明るいお酒の場を作ってくれました。周りのお客さんたちにもお酒をご馳走して、みんなで楽しく過ごせましたよ」
「ふーん。それは良かったわ。オリバーがお金を使いすぎてしまったと何度も謝ってきたから、何かあったのかと心配してしまったわ?」
ちらっとクーノさんを見るが、首を振っている。
ご心配をお掛け致しましたと伝えると、この話は終わったのであった。
安心した銀次郎は、社交ダンスの発表会の練習を近々開催させてもらう事。
マインツハンバーグの作り方をまた街の食堂に教えるので、料理人たちの力を貸して欲しい事を伝える。
虎は任せている事だから好きにして良いと言ってくれた。
「そういえば腰が沈む椅子があるって聞いたけど、見せてもらえるかしら? 宿屋の食堂に有ったのを気に入ったとクーノから聞いたけど、食堂にそんな椅子が置いてあるの?」
ビクン。
食堂にソファーは置いてないよ〜と思った銀次郎だが、男と男の約束だ。
嘘がバレないようにプレゼンを始める。
「実は前から感じていたのですが、このような部屋にはソファーの方が似合いますよ」
銀次郎は立ち上がり、空いているスペースにソファーを取り出す。
「こちらは仕事用のソファーセットです。ボルド……赤ワイン色でエルザさんをイメージしてみました。テーブルもアンティーク調で、落ち着いた空間を創り出す事が出来ます。このソファーを足していけば、もっと大きく作る事も出来ますよ。こっちは普段用のソファーです。クーノさんをイメージした紺色で、こっちは腰が沈むソファーですね」
虎はソファーに座り感触を確かめている。
クーノさんはどっぷり腰を沈めて、すでにくつろぎムードだ。
「ギンジローさん。色々言いたい事はあるけど、このソファーはどの位の数、用意できるの?」
「どの位ですかね?」
私が聞いてるのよと優しく突っ込まれる銀次郎。
「ギンジローさん、このソファーは他に置いてある所はあるの?」
ビクンビクン。
左ボディをくらって沈んだ所に、右アッパーが炸裂。
銀次郎は息絶え絶えに、とある飲み屋さんに今度ソファーを売る事を伝える。
「ソファーが世に広まったら、ギンジローさんは忙しくなるわよ」
確かに異世界の椅子と、現代のソファーでは圧倒的な差がある。
ただソファーを主軸に商売をするつもりはないので、売り方は考えようと決めた銀次郎だった。
「他にもあるの?」
虎の言葉に銀次郎は、人間をダメダメにするソファーを出す。
「ハハハ。これは凄いね〜。身体が浮いているみたいだよ」
クーノさんは、はしゃいでいるけど虎は苦笑いだ。
「これで全部?」
「ソファーはこれだけですけど、ベッドがあります」
今度はクッションの効いたダブルベッドを取り出す銀次郎。
枕と羽毛布団付きである。
「はぁ〜凄いね〜」
クーノさんがベッドでゴロンゴロンしているが、虎は腕を抱えて考え事を始めた。
「これはどこかに売ったの?」
ベッドはまだ売っていなく、自分の部屋にしかない事を伝える。
他にどんなベッドがあるか聞かれたので、大きさが色々ある事を話す。
「用意出来る物は全て買うから、明日商業ギルドのミリアさんを連れて来て。そこでお支払いはするわ」
商談はうまくいって、マリアさんのお店に行った事もバレなかったので、一安心する銀次郎だった。