第百四話 覚悟
「領主のボクが知らない間にマインツ家の物になってたけど、本当に良かったのかい? こんなに美味しい料理は、王都でもなかなか食べれないけど」
王都に連れていく料理人を選ぶ為、領主のレオンハルトさんにお願いされて試食会に参加した銀次郎。
しかしマインツハンバーグを作る料理人達は、命を削る作業をしているかのような雰囲気だった。
王都に連れて行かれる事は名誉な事であり、覚悟を持って試食会に臨んだ料理人。
それとは逆に、覚悟など持っていなかった銀次郎。
料理人のみんなにはお世話になってるから、その程度の思いで引き受けたが、料理人の人生を決める場に立つ資格など銀次郎にはなかった。
「すみません。私には決める事ができません。料理自体はどれも素晴らしく、誰を連れて行っても問題ないと思います。ただ私の覚悟が足りませんでした。申し訳ございません」
謝る銀次郎に、虎が優しく微笑む。
「連れていく料理人は、パパかオリバーが決めるべきよ。だからギンジローさんはそんな顔しないで」
本当にすみませんと伝え、銀次郎は部屋を出るのであった。
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「坊主呑みにいくぞ」
その声に振り返ると、料理長のオリバーが肩を抱き寄せて金貨の入った袋を見せてくる。
「悪かったな、俺が決めるべきだった。奥様が今日は楽しんで来いとさ」
マインツ家の料理人達と一緒に、なぜだか分からないが次男のクーノさんがいる。
そのまま馬車三台でハングリーベアーへと向かうのであった。
「オリバーさんいらっしゃい。ギンジローちゃんはお帰り〜」
クラーラさんの優しい笑顔に癒される銀次郎。
大人数だったがちょうど席が空いていたので、すぐに案内される。
「ここは確かソフィアがお世話になったバーニーさんの宿屋だよね?」
お世話になった?
そういえばそんな事を聞いた覚えがあるが、詳しくは知らない銀次郎。
クーノさんはクラーラさんとバーニーさんに挨拶をした後、食事とお酒の注文をする。
暫く待っていると、ルッツが揚げたてホクホクのフライドポテトを持ってきてくれた。
その後すぐにハンツとフランツがエールを人数分……以上にテーブルに置く。
「みんな聞いてくれ。今日は我々と一緒にエールを飲んでくれないか?」
クーノさんはエールのジョッキを持って、食堂にいた冒険者達に声を掛ける。
「ダンナ気前がいいな!遠慮なくご馳走になるぜ。プロージット!」
お客さんの冒険者達の心を一瞬で掴むクーノさん。
伯爵家の次男でクーノさんは貴族なのだが、それを知らない冒険者達はエールをもっとくれと騒ぎ出す。
するとエールの樽を注文して盛り上げるクーノさん。
「オリバーごめん。勝手に樽を注文しちゃったけどお金足りるかな?」
お金は持ってないよとポケットの中を見せるクーノさん。
オリバーは大丈夫と親指を立てて返事をする。
クーノさんの事はあまり知らないが、意外と楽しい人のようだ。
「揚げたジャガイモとエールはうまいね〜 オリバーこれ家でも作れる?」
もちろんだとオリバーが伝えると、料理人達も作れますとクーノさんにアピールする。
「お待たせ〜 マインツハンバーグとトマトソースで煮込んだハンバーグです。今から鉄板にマインツソースをかけるので、少し離れて下さいね」
クラーラさんとフランツがテーブルの上にアツアツの鉄板を置き、デミグラスソースをかける。
ジューっと音を立てているが、カールさんの息子さんに作ってもらった木材を削った紙の様な物が良い仕事をしている。
「目の前で料理が出来上がるのって、見てて楽しいね」
クーノさんはマインツハンバーグにナイフを入れて、溢れ出る肉汁に喜んでいる。
「ここのマインツハンバーグ美味しいですね」
「揚げたジャガイモに、マインツソースとチーズを乗せるとエールが止まらない」
料理人達の感想にクーノさんが思わず突っ込む。
「今日の試食会にこの揚げたジャガイモがあったら、王都に連れていく料理人は決まったんじゃないの?」
その言葉に若い料理人達は下を向いてしまった。
「ごめんごめん。マインツハンバーグはどれも美味かったよ。これからもみんなには期待してるから。よしお腹も膨れたから飲み直そう。オリバーまだお金あるよね?」
お金はたっぷりあると伝えると、クーノさんが知っている飲み屋さんに行く事になった。
「ここですか?」
辿り着いたのは超高級店のマリアさんのお店だった。
「お久しぶりですクーノ様。席が分かれてしまいますが宜しいでしょうか?」
支配人に問題ない事を伝えると、当然の如くVIP席に通される。
若い料理人達もそれぞれの席に着くと、綺麗な女の子達を見て緊張しているようだ。
「クーノ様お久しぶりです。お飲み物いつもので宜しいでしょうか?」
女性の方がクーノさんの隣に座ると、クーノさんはVIP席のソファーが気に入ったみたいだ。
座り心地が良いから長居してしまいそうだと、隣に座る女性と話をしている。
「クーノ様お久しぶりです。本日はご来店ありがとうございます」
マリアさんがVIP席に来ると、深いお辞儀をして銀次郎の隣に座った。
「マリアが同席するなんて珍しいね」
クーノさんの言葉にマリアさんは、私の大事な人ですと言って腕を絡ませてきた。
悪い気はしなかったが完全なる嘘なので、腕を解いてマリアさんには商売でお世話になっている事を伝える。
クーノさんは伯爵家の次男だが、気さくな人だった。
偉ぶった様子もなく、お酒の呑み方もスマート。
そんな彼がソファーを気に入っていたので、良かったら用意しましょうかと伝えると頼むとお願いされた。
マリアさんからもお店の椅子を全てソファーに変更したいと申し出があったので、用意できたらサンプルを持っていく事を伝える銀次郎。
若い料理人達は、綺麗な女性に囲まれて楽しんでいた。
お料理ができる男の人って素敵って明らかな営業トークに、君の為に美味しい料理を作るよって……
酔っ払っているのだろう。離れた席まで声が聞こえる。
まぁ彼らの楽しそうな笑顔を見て、少し心が軽くなった銀次郎だった。