第百二話 手のひら
「わたし酔っ払っちゃったかも」
幸運のネックレスを手に入れたマニーさん。
マリアさんのお店で、グラマラスボディのリンダちゃんを指名してお持ち帰り
なんて事はなく、お会計をマニーさんが済ませて帰る事になった。
今日もダメだったかと落ち込むマニーさんに、腕を絡ませて店の外まで見送るリンダちゃん。
「今日はマニーさんに会えて嬉しかった。この気持ちだけで明日からも頑張れる気がするな」
マニーさんの胸に頭を沈めてからお別れの挨拶。
「また会える日を楽しみにしてるね」
幸運のネックレスに軽くキスをして、今日一番の笑顔を魅せる。
マニーさんの顔を見たら、さっきまでお持ち帰りできなくて落ち込んでたのに、良い顔してんだよな。
エルヴィスは今回マニーさんのフォローに徹していたが、リンダちゃんが一枚も二枚も上手だと言わんばかりに首を振って見せた。
マニーさん完全に手のひらで転がされてんなー。
でも本人は楽しそうだし、銀次郎も野暮なことは言わない。
ただあのリンダちゃんは銀次郎から見ても、強者だと思う。
別れ間際にあの笑顔は反則だ。
また会いたくなって、マニーさんはお店に来ちゃうと思うもん。
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今日も自然と目が覚めて、新しい一日が始まる。
いつもの様に庭にある井戸を使って、頭からかぶった。
さて今日も頑張りますかねー。
エデルと一緒にモーニングをたべてから、マインツの大聖堂へと向かう。
フルーツの盛り合わせの準備を大聖堂の食堂で行っていると、食事係の年配の女性の方がこっちへとやってくる。
「あんたなんでしょ? このはちみつレモンってやつ美味しいわね〜。エデル君があなたに教えてもらったって、私たちにサービスしてくれるのよ。もう孫みたいに可愛くて可愛くて」
エデルは大聖堂にサービスで、はちみつレモンを持って行くと言っていたが、銀次郎は新商品として売り込むものだと思っていた。
しかしエデルは、食堂の方にだけサービスをしている。
食堂を使わせてもらっているのは事実だが、それはレイノルド助祭にお願いして許可を得た事だ。
はちみつレモンを使って現場の心を掴むエデルに、商会長としての才能と努力を感じたのであった。
「ギンジローさん。ヴェルナー司祭が会いたいって言ってますけど、今から大丈夫ですか?」
お昼になりエデルはフルーツの盛り合わせを各部屋に持っていっていたので、銀次郎は食堂で洗い物をしていた。
するとエデルが急いで食堂に戻ってきて、大丈夫ですか? と聞いてくる。
こっちも話したい事はあったけど、大丈夫ですか? と聞かれるとなぜだか逃げたくなる。
まぁ逃げるという選択肢は、エデルがお世話になっている時点でないのだが、ちょっと不安な気持ちになる銀次郎。
「失礼致します。ヴェルナー司祭こんにちは」
部屋に入ると、今日は会議ではなくヴェルナー司祭と同じくらいの歳の男性が椅子に座っていた。
レイノルド助祭は後ろで立っており、何事だと構える銀次郎。
レイノルド助祭は緊張している感じなのだが、眼鏡は女性教師コスプレの赤くて細長いフレームだ。
緊張している顔なのに、一人だけコスプレをしてふざけているのかと笑ってしまいそうになる。
「ギンジロー殿に会いたくてね」
挨拶を済ませて話を聞くと、ヴェルナー司祭と一緒にいる男性は同期であり、王都の教会にいる人らしい。
「エカードと呼んでくだされギンジロー殿。ヴェルナーに来いと言われてな。こいつは頑固だから君に迷惑をかけちゃいないかね?」
ここに呼ばれた理由を探る銀次郎だが、なかなか見えてこない。
銀次郎はヴェルナー司祭には大変お世話になっている事を伝え、まずは社交ダンスの発表会の話を始めた。
「こちらに並べたのがマインツ大聖堂からとして贈る表彰の品です。どれにするか選んでもらえますか?」
テーブルの上に並べたのは、ペアのワイングラスにジルコニアのネックレス。
ドレスとタキシードのオーダーメイド券、参加者全員にハンバーグの無料券、メダルとトロフィ一式に、パウンドケーキ詰め合わせだ。
「教会から装飾品や衣裳を贈るより、これが良いかもしれないな」
ヴェルナー司祭が選んだのは、メダルとトロフィ一式だ。
結構高かったから大丈夫ですかと聞くが、問題ないと言ってくれて安心する。
「馬車の手配も済んでおるぞ。大聖堂からマインツ城まで往復で何度も動かし続けるから。あとワイン樽もいくつか用意しておこう。レイノルド頼むな」
「ヴェルナー司祭、レイノルド助祭ご協力ありがとうございます」
銀次郎は席を立ってお辞儀をすると、ヴェルナー司祭からこの後の時間はあるか聞かれる。
別に予定はないし、そもそもここで断る勇気はない。
時間はある事を伝えると、一緒に部屋を出て馬車に乗せられる銀次郎だった。