第百一話 ガラスの靴
「とても綺麗ですけど、なんでガラスの靴なんですか?」
確かに普通に考えたら当然の質問だ。
社交ダンスの発表会で、商業ギルドから表彰の品を任されていた銀次郎。
食材や馬車の手配から当日の人員配備などについて話し合った後、銀次郎はネットショップで購入していた表彰の品をテーブルの上に並べていく。
その中でミリアが反応したのが、ガラスの靴だ。
「んーコレは故郷のおとぎ話でねー」
銀次郎はミリアと受付の娘に、妖精に魔法をかけてもらいお城で開催された舞踏会に参加した女の子と、ガラスの靴の持ち主を探す王子様の物語を話す。
「すごく感動しました。商業ギルドからの賞品はガラスの靴にします。なんて素敵な話なのかしら」
ミリアの目には、うっすら涙が浮かんでいる。
ここは娯楽の少ない異世界だから、銀次郎が驚くくらいにミリアと受付の娘の反応が良かったのだ。
最後は握手をされて、商業ギルドの出口まで見送ってくれた。
悪い気はしないけど、こんなに感動してくれるとは思わなかったな。
その後レイチェルさんのダンスホールに行って、社交ダンスの発表会の打ち合わせをしたのだが、やはりガラスの靴の話は反応が良い。
話を聞いて興奮したレイチェルさんは、一人でダンスを踊り始めてしまった。
もしダンスが上手かったら、王子様役として名乗り出たけどなぁ。
レイチェルさんの踊る姿を眺めていると、急に目線が何度も合い始めた。
一緒にダンスを踊りたいのかもしれないけど、王子様役は荷が重たすぎるよ。
無理ですと目で合図をするとレイチェルさんは悪戯に微笑んで、片方の靴を脱ぎ捨てたのだった。
少し笑いを堪えながら、チワワのようにこっちをみてくるレイチェルさん。
明らかに悪戯なのだが、ノリが悪いと思われるのは嫌なのでこの芝居に付き合ってみる。
銀次郎は靴を拾い、レイチェルさんに近づいて目の前で跪く。
「この靴にピッタリと足の形が合う女性を探しています。良かったらこの靴を履いてはもらえませんか?」
「この靴が履けたら、お姫様になれるのかしら?」
「いやー そのー」
言葉を詰まらせる銀次郎に、嘘でもお姫様にしてくれたら嬉しかったのにと笑うレイチェルさん。
お茶目なんだよなこの人。
仕方がないので、レイチェルさんに靴を履かせてあげる。
「王子様ありがとう」
ドレスを摘んでお辞儀をするレイチェルさんは、とっても満足そうだった。
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「その物語サイコーだな」
エルヴィスの店に寄ると、マニーさんが新調したシャツを確かめていた。
二人に今日あった事を伝えるとエルヴィスは物語に興味を示し、マニーさんは女性に恥をかかせるなよと茶化してくる。
「襟が大きくて俺好みだが、なんか決まらねぇんだよなぁ」
シャツを合わせるエルヴィスに、マニーさんは何かが足りないとぶつぶつ言っている。
赤紫色のシャツを新調したマニーさんは、ちょいワルな感じで似合っていると思うのだが。
「似合ってますけど、どうしたんですか?」
どうやらお気に入りの女性に、今日会いたいと言われたそうだ。
ただ詳しく聞くとマリアさんのお店の女性だったので、それは純粋に会いたいのではなく営業をかけられたのでは……
口から本音が出そうになったのを、必死に堪える銀次郎。
「おやっさん、胸元に目立つネックレスでもしたらいいんじゃない?」
エルヴィスはパワーストーンで出来たネックレスに手をやり、マニーさんに提案する。
「そういや今日は何もつけてなかったな」
マニーさんが寂しそうにしていたので、銀次郎はネットショップで買った幸運を呼ぶネックレスを思い出す。
「マニーさん良いのありますよ。幸運を呼ぶネックレスと言って、これをつけるだけでモテモテになって、お金持ちになれるらしいですよ」
銀次郎は悪戯心を悟られないように、幸運を呼ぶネックレスをマニーさんに渡した。
「マジかよ。金のドラゴンじゃねーか。これをつけるだけで女にモテて、金持ちになれるなんてサイコーじゃねーか」
マニーさんがネックレスをつけると、似合うか? と聞いてくる。
エルヴィスも何故だか興奮して、俺にもネックレスを貸してくれと叫んでいる。
「だめだ。お前にはいらねーだろ。これは俺のネックレスだ」
マニーさんは幸運を呼ぶネックレスが気に入り、売ってくれとお願いされた。
「マニーさんが気に入ったのなら、そのネックレスあげますよ」
それなら今日は俺の奢りだと言って、三人でマリアさんのお店に行く事になった。
マリアさんのお店は、エールが一杯銀貨5枚と超高級店だ。
幸運を呼ぶネックレスは銀貨3枚で買ったので、これはラッキーだな。
あながち幸運を呼ぶネックレスは嘘じゃないんだなと思いながら、マリアさんのお店に向かうのであった。