第九十八話 レオンハルト・フォン・マインツ
「旦那様が戻られました」
この言葉で厨房が少しピリッとする。
さっき厨房に入ったエデルはガチガチに緊張してしまったので、頭を撫でて緊張をほぐしてあげる。
「大丈夫だよ。エデルが作るフルーツの盛り合わせはサイコーなんだから。きっと領主様も美味しいって言ってくれるよ。まだ時間もあるしパイナップル一個もらっていい? お洒落な切り方教えてあげるから」
このまま夕食の時間を待つより、頭の中を切り替えたほうが良い。
お洒落な切り方を覚えるのに集中すれば、緊張なんて忘れちゃうと思うんだ。
銀次郎はクーラーボックスからパイナップルを一つ取って、エデルにお洒落な切り方を伝授する。
「パイナップルを器にするなんて面白いですね。見た目もいいですし……うん。美味しい」
つまみ食いをして笑顔になったエデル。
「おいおい小僧。俺にも一つ食わせろ」
料理長のオリバーがパイナップルをつまみ食いして、大袈裟にうめぇーと叫ぶ。
恐らくエデルの緊張をほぐす為にわざとやっている。
「皆さんも食べますか?」
エデルがパイナップルを差し出すと、こぞってつまみ食いをする料理人達。
「この切り方を我々も試したいので、パイナップルを譲ってはもらえないでしょうか?」
若い料理人がエデルにお願いをする。
「えー。良いけどパイナップルがなくなっちゃうからこの一個だけだからね。これ以上出したら夕食の分がなくなっちゃうよ」
「ガハハハ。オマエが食ったから旦那様の分が無くなったって言っといてやるよ」
オリバーが豪快に笑い、いつの間にかピリッとした空気もエデルの緊張もなくなったみたいだ。
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「よし、ギンジロー頼むな」
みんなに背中を押されて、銀次郎はテーブルへと向かう。
「失礼致します。本日、皆様の食事の案内をさせて頂く銀次郎と申します。宜しくお願い致します」
「ギンジローさん紹介するわね。この人がやっと帰ってきたパパ。男前でしょ」
虎が紹介してくれた男性は、少しぽっちゃりしていて優しい顔をした男性だった。
「君がギンジロー君か。エルザが最近夢中になってるって聞いたから、会うのを楽しみにしてたよ。僕はレオンハルト・フォン・マインツだ。レイノルドと呼んでくれ」
目の前の領主様は意外にフランクな人だった。
「八重洲銀次郎と申します。私が怪我をして動けなくなった時にソフィア様に助けられ、その後はエルザ様にも気にかけて頂き、今こうして元気に過ごす事が出来ております」
「そうか、それは良かった。正直に言うと我が家に帰ってきたらエルザが綺麗になっていて、もしかしたらと疑ってしまったんだ。エルザには笑われたよ。私はほとんどの時間を王都で過ごしているから、エルザには寂しい思いをさせている。ギンジロー君は、これからもエルザと仲良くして欲しい」
「パパは何を言ってるんでしょうかね。ギンジローさんと仲良くなったらソフィアに怒られちゃうわ」
「なに言ってるのお母さん」
領主のレオンハルトさんに会うまでは少し緊張したけど、良い人みたいで良かった。
長男のヒューイさん、次男のクーノさん、そしてそれぞれの奥様と子供達にも挨拶をして、夕食の時間を始めるのであった。
「ちょっと待って。これってガラスだよね?」
食事を始める為にグラスをセットすると、長男のヒューイさんが驚いた様子で聞いてくる。
「はい。こちらはガラスで出来ております。こちらにはお水を注ぎますが、もしお酒を飲まれるのでしたら申し付けください」
「おっ……おう。それじゃワインを頼む。白ワインな」
長男のヒューイさんに白ワインを注ぐと、次男のクーノさんはエールを注文。
奥様方と子供達には果実水を出す。
「私にも白ワインをもらえるかな。エルザはどうする?」
虎は前に飲んだ食前酒をリクエスト。
桃を潰してスパークリングで割った食前酒だったな。
ソフィアにも桃の食前酒を出す。
「久しぶりに戻ってこれました。みんなの健康にプロージット」
一品目はオリバーが作った野菜とトマトのスープだ。
マインツの野菜がたっぷりと入っていて、領主のレオンハルトさんが大好きなスープ。
「美味しいね〜。何か前よりも美味しくなった気がする。気のせいかな?」
これはオリバーや料理人のみんなが喜ぶんじゃないかな。
二品目には新鮮レタスと燻製肉、トマトを使ったシーザーサラダだ。
異世界のサラダは生で食べるかお酢をかけるかだけなので、このソースが美味いと絶賛してくれた。
ネットショップで買ったドレッシングなんだけど、気に入ってくれて良かった。
「ガラスに入れるとエールって冷えるんだな」
次男のクーノさんが美味しそうにエールを呑んでいるが、飲み物はクーラーボックスに入れて冷やしたものだ。
楽しく呑んでいるので本当のことを伝えようか迷っていると、ソフィアが氷水で冷やしただけでガラスにはそんな効果が無いと伝えてくれた。
クーノさんは、美味しいエールが呑めるならなんでも良いよと笑う。
細かい事はあまり気にしないのだろう。
長男のヒューイさんは白ワインを呑んだ後、桃の食前酒をリクエスト。
気に入ってくれたのかすぐに飲み干してしまったので、今度はイチゴを軽く潰してスパークリングを注いだ。
「これ好きかも」
ヒューイさんの好みも分かったところで、次はスモークサーモンとクリームチーズのスプーンと、ホタテのカルパッチョのワンスプーンを出す。
「前菜は美味しいけど次はメインでしょ? 少しお腹が物足りないかな」
メインのハンバーグを美味しく感じてもらう為に、あえて量を少なくしていたのが裏目に出た。
本来なら、久しぶりの家族団欒を楽しんでもらう為に料理を作るべきところを、領主にハンバーグをたべてもらい、美味しいと言ってもらってお墨付きをもらう。
そんな自分勝手な計算が、夕食の組み立てを濁らせてしまったのだ。
その後、メインのマインツハンバーグを出してデザートで締める。
王都でも食べたいので料理人を連れて行くと言っていた。
プリンは子供にも人気で、レシピを教えてくれとお願いされた。
プッチンしただけで自分では作っていないので、考えておきますとだけ伝えて家族団欒の夕食は終わるのであった。