第九十五話 マニーさんとアイドル
昨日はあれから大変だった。
ソフィアと虎の夕食にオムレツとサラダ、そして仕込んでおいた牛タンシチューを出した。
ふんわりトロトロに仕上げたオムレツは、ソフィアが美味しいと言ってくれて嬉しかった。
メインのデミグラスソースで煮込んだ牛タンシチューはホロホロだったよ。
久しぶりにたべたな牛タンシチュー。
少し残った牛タンシチューは、厨房でみんなに試食してもらった。
でも料理を手伝ってもらったオリバー以外は、お肉が牛タンだとは気がついていない。
牛タンをたべる風土や文化がなければ、意外と分からないみたいだ。
「みなさん初めまして。今回は宜しくお願い致します」
場所はレイチェルさんのダンスホール。
マニーさんのバンドの方々に仕事が終わった後集まってもらった。
「こいつがギンジローだ。おもしれぇやつだから皆んなヨロシクな」
マニーさんに紹介されて挨拶をする銀次郎。
レイチェルさんの音楽隊の皆さんと一緒に、社交ダンスの演奏を合わせ始める。
マニーさんのバンドが加わる事によって、今までよりも演奏に厚みと幅が出る。
「やっぱり音が良いと気分が乗るよねぇ」
レイチェルさんは演奏を聴きながらステップを踏んだ。
この人は本当に楽しそうに踊る。
旦那さんが旅立ってから始めたダンスホール。
恐らく悲しみを打ち消す為に始めたのだと思うが、今はとても楽しく刺激的だと言ってくれる。
社交ダンスの発表会を、絶対に成功させようと改めて決意する銀次郎だった。
「ギンジローいいのか? こんなに金もらって」
マニーさんのバンドの方々には、一人銀貨3枚の日当を支払った。
「マインツ家からもお金をもらっていますし、マニーさんのバンドが入って演奏が本当に良くなりましたから」
「嬉しいこと言ってくれんねぇ。それじゃこの金で呑みいくか」
バンドメンバーの皆さんは夜が遅いのと結婚しているので帰ってしまったが、マニーさんも銀次郎も独身だ。
マニーさん行きつけの酒場に向かう二人。
「プロージット!」
勢いよくエールのジョッキをぶつけてから喉に流し込む。
シュワシュワした炭酸で喉を痛めつける快感。
一杯目はマニーさんがご馳走してくれたので、二杯目は銀次郎が注文しお金を払う。
「オマエと二人で呑むのは初めてか? こんなおっさんと呑みに行くなんてお前は変なやつだな」
マニーさんの方が変な人だとは思うが、褒め言葉として受け止めておつまみのナッツを口に入れる。
「マニーさんの太鼓好きですよ。なんか安心するんですよね。支えられてるような感じになります」
おべっかを使うつもりはないが、前から思っていた事を伝える。
「やめろよ。男に褒められても嬉しくねーよ」
そう言いながら二杯目のエールもグイッと呑るマニーさん。
「オマエ女はいるのか?」
男二人なら話す事は女性の事だ。
「付き合っている人はいませんが、気になっている人はいます」
真面目に答えてみたが、気になっているのに手を出していないなんてヘタレだと罵られる。
「マニーさんはいるんですか?」
「いねーな。女紹介しろよ」
火の玉ストレートが炸裂。
マニーさんは若くて胸の大きな娘が好きなのだが出会いがない。
バンドマンはモテるって話を聞いた事があるのだが、そうでもないらしい。
「出会いがないなら、女性が多くいる場に行けば良いのではないでしょうか?」
提案をしてみたものの、そんな場がどこにあるのか分からない。
レイチェルさんのダンスホールには多くの女性がいるが年齢は……
「好きなアイドルとかはいるんですか?」
この世界のアイドルは知らないが、若い女の娘が好きならと思って聞いてみる。
「なんだ? アイドルってのは」
異世界にアイドルは居なかった。
女性冒険者でアイドル的な存在の人はいるみたいだが、商業ベースでのアイドルはいない。
もしかしてアイドルビジネスってありなんじゃないか?
銀次郎は一度冷静に考える。
アイドルは歌って踊って愛嬌があり、男性の恋愛対象になる。
実際は手が届かない存在だけど、グッズ購入や握手会など行って応援する。
この異世界にアイドルがいないなら、作ったら面白いのでは?
マニーさんは音楽をやってるし、プロデューサーになれば若い女の娘からモテモテでしょう。
「もしかしたら凄くモテて、しかもお金持ちになる方法があるかもしれませんよ」
とっても怪しいアプローチだが、良い感じでお酒も入ってる。
マニーさんは乗り気だったので、銀次郎が知っているアイドルの運営方法を伝える。
「とりあえずどこか小屋を借りて、そこで歌って踊れるアイドルグループを作るのか。チケットってのを手売りして、グッズ販売や握手会を開催だな。アイドルの恋愛禁止ルールだと俺はモテないのでは?」
マニーさんにはもし恋愛OKなら、お客さんと恋愛をしてしまいメンバーが居なくなってしまう。
そこだけは譲れないけど、若い女の娘と一緒に仕事ができて、うまく行ったら金持ちになれますよと伝える。
「まぁよく分かんねぇけど、アイドルってやつを育てりゃ良いんだろ」
こうして呑みの場から、マニーさんとのアイドル事業が始まったのであった。