第九十四話 忍法愛想笑い発動
「ミリアさん悪いんだけど、メイド長のコーエンにお化粧をさせてもらえないかしら?」
書斎に入るなり、ミリアに化粧をさせてくれとの申し出だ。
可愛い系の化粧に慣れていないコーエンさんが、ミリアに化粧をして練習がしたいそうだ。
ミリア自身も前に化粧を教えてもらったが、まだまだ経験が足りないので、再度コーエンさんに教えてもらう事になった。
「失礼致します」
セバスチャンが紅茶を淹れてくれて、テーブルの上に置く。
綺麗なお辞儀をして後ろに下がって……ドアを開けて部屋を出て行ってしまった。
ん? これは一体……
虎は紅茶に口をつけるが何も言わない。
沈黙に耐えきれなくなった銀次郎が言葉を発する。
「今日は二人きりですね。アハハハ」
忍法愛想笑いを繰り出すが、虎の目は笑っていない。
虎がゆっくりとカップを置き、こっちを見る。
「私も人の親だから、はっきりさせたい事があるの。ミリアさんとは仕事のお付き合いで、それ以外は何も無いのよね?」
(えーっ疑われてる?)
「無いです無いです。無いデスヨー」
一気に汗が出たけど本当に何も無い。
ミリアとは仕事上の付き合いであり、親友のハリーとミリアがくっつくのを応援している事を伝える。
「分かってはいたけど念の為ね。うちの子がギンジローさんの事気にしてるから、もし何かあったらこっちで処理しなきゃと思って」
虎が処理って言葉を使うと、もうアレしか思い浮かばない。
銀次郎の体力ゲージは、忍法愛想笑いも出来ないくらいに削られていたのであった。
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「その件は好きにして頂戴。前にも言ったけどお金も人も物も出すから」
社交ダンスの発表会の件、虎にどんな感じで進んでいるのかを説明する。
本当に任せてくれているみたいなので、報告は聞くが特に何も言ってこない。
次はハンバーグでの街おこしの件だ。
今はマインツハンバーグとして広めている最中で、手応えは感じている。
銀次郎自身は特に問題ないが、オリバーにお願いされた事を話す。
「毎日のデミグラスソースの納品と、マインツハンバーグの味の確認なんですけど、メイドの方々にもお手伝いをしてもらいたいのですが良いですか?」
納品とマインツハンバーグの確認とアドバイスだけなら料理人だけで大丈夫だが、それ以外で感じる部分をメイドの方に確認してもらいたいと、それなりの言葉を並べる銀次郎。
まぁ虎にこんな適当な事が通用する訳も無い。
本心は? と聞かれたので、素直にお願いされた事を伝える。
「私がギンジローさんにお願いした事だから、その件も全て任せるわ」
虎からOKが出てホッとする銀次郎。
他に何か困っている事や相談はないかと聞かれたので、さっき厨房で玉子を使った料理を作った事。
オリバーが勉強の為賄いで玉子を使って料理を作りたいが、一個銅貨5枚と高価なので使えないと言っていた事を伝える。
「玉子を使ったお料理って、あまり食べた事がないのよねぇ」
「そうなんですか。玉子は栄養価が高いから積極的にたべた方が良いですよ。髪の毛やお肌を作る成分があるので、美容にも良いですし」
虎から詳しく聞かせてと言われたので、タンパク質の事を説明する。
「玉子にはそんな効果があったのね。どの様なお料理を食べれば良いのか教えてもらえるかしら? もちろん料理長には、勉強の為に玉子を使って良いと伝えてあげて」
料理を作るのは得意だし、玉子の使用許可も出たので夕食に玉子を使った料理を作ると伝える。
「そういえば五日後にパパと息子たちが帰ってくるの。ギンジローさんその時にハンバーグ作ってくれないかしら? ほらマインツ家の料理って事にしたから、パパたちにも食べてもらわないと」
ジャブからのストレート。
小さいお願いからの大きなお願い。
断るという選択肢は色んな意味で無い。
マインツハンバーグを作らせていただきますと伝える。
しばらく話をしているとミリアとコーエンさんが戻ってきた。
今度は女性だけで化粧の話をするので、銀次郎は部屋を出る。
部屋の外ではセバスチャンが待っており、すぐにソフィアの元へ案内してくれた。
「ギンジロー待ってた。ライナとアイリスからサプライズだよ」
ソフィアのお茶会で会った二人から、自分宛にプレゼントだそうだ。
ライナさんからは地元の名産の白ワインを樽で三つ、あとは蜂蜜酒が入った陶器の壺をたくさんもらった。
アイリスさんからは大量のチーズと、エール樽を五つも貰った。
「二人ともこの間すごく楽しかったみたいで、ギンジローがお酒が好きだって教えたら、いっぱい届いたの。学校が始まる前にまた二人が泊まりにくるから、また美味しいケーキ食べたいって」
銀次郎は貴族の世界ってやっぱり凄いなと思った。
たった一度のお茶会で、こんなにお礼の品が届くとは。
そういえば執事のスチュワートさんは元気かな?
異世界に来てすぐにあのお茶会があったが、思い返すと結構前だ。
異世界生活に慣れてきたと同時にそろそろソフィアの学校が始まるので、しばらくお別れになるなと少し寂しい気持ちになるのであった。