第九十二話 エミリアの仕事
朝はエデルの手伝いをした後、ミリアと一緒にレイチェルさんの所に行って社交ダンス発表会の打ち合わせをする。
チケットの方は追加分も全て無くなり、六百枚が完売した。
まだ購入希望はあったが、人数が増えすぎて不安になった銀次郎はここでチケットの販売を止める事にした。
エルヴィスが注文を受けたお客さん達のドレスは、あと十日程で納品完了出来そうだった。
新しいドレスが完成したら、一度マインツのお城で社交ダンスの発表会の予行練習を行う事を話す。
それと演奏の合わせをしたいので、マニーさんのバンドには明日レイチェルさんのダンスホールに来てもらう事も伝えた。
「ギンジローさん本当に楽しみだわ。予行練習の日程が決まったら教えてね」
お別れのハグをした銀次郎とミリアは、次にヴェリーヌさんのお店へ向かった。
二つ目の鐘が鳴る前だったがお客さんが誰もいない。
ヴェリーヌさんのお店はこの辺りの市場や商会で働く若者達が、休憩がてら安くて美味しい果実水を飲むのと、ヴェリーヌさん目当てで集まるイメージだったのだが……
「ギンジローさん、ミリアさんこんにちは。エミリアを呼んでくるね」
ヴェリーヌさんが店の奥にいた受付の娘を呼んできてくれた。
話を聞くと、もう果実水が売れ切れたので片付けをしているそうだ。
誰もお客さんがいなかったから閑古鳥が泣いているのかと心配したが、逆で良かったと思う銀次郎。
「はちみつレモンは売れる…… でも一人じゃ店が回らない」
詳しく聞いてみると単純にはちみつレモンは売れるが、お客さんが集まりすぎてヴェリーヌさん一人では対応出来ないとの事だった。
お金の受け取り、果実水の提供、カップ洗い、はちみつレモンのトッピング、商品の説明。
この場所は市場や商店の近くにあり、そこで働く若者が少しの休憩時間にお店に来る。
美味しい果実水を飲んで水分補給しながら、ヴェリーヌさんに癒されるお店だった。
だが、はちみつレモンの噂を聞いた新規のお客さんが増えて、売上は上がったが今までの常連さんからはヴェリーヌさんとは話せないし、並んで買わなくてはいけなくなりクレームの声も上がっているらしい。
今は受付の娘が手伝っているからまだお店は回るが、一人では上手く商売が出来ないとの事だった。
「なるほどね〜」
嬉しい悲鳴だとは思うが、早めに手を打っておかないと大きな問題になってしまいそうだ。
銀次郎はミリアの方を見るが、ミリアは首を振ってこの場で銀次郎に解決案を出させないようにする。
「私の方でギルド長には伝えておくから、しばらくヴェリーヌさんのお店を手伝って。人員として手伝うのだけではなく、お店をどうしていくのかを考えてみてね」
ヴェリーヌさんはいつまでも助けてもらうのは申し訳ないと遠慮していたが、これは受付の娘が成長する良い機会だと思う。
この娘は値付けのセンスもあり、売上という部分だけ考えればすでに成果は出している。
今日は多めの果実水と、はちみつレモンを用意していたみたいだが昼前に完売するほどだ。
店の奥にある洗い場に並べられた木のカップの数を見たら、営業中は戦場だったに違いない。
むしろよくこの数を二人で営業したなと思う。
ただ彼女は商業ギルド員だ。
ヴェリーヌさんのお店の売上を上げるだけではなく、お店の運営も考えてあげなければいけない。
ただね、自分自身困っている人の姿を見たら何か助けてあげたい。
銀次郎はみんなが店の中で話しているのを確認して、洗い場でネットショップを開く。
「あったあったコレだな」
銀次郎はネットショップで売っていた、一個銅貨1枚の安いガラス製のグラスを三百個購入する。
ミリアを呼んで、悪いけど一つだけ手伝う事を伝える。
「あの〜良かったらこれ使ってください。当分はカップも洗えないほど忙しいと思うので、洗わなくても営業できる数のグラスを渡します。ガラス製なので割れやすいかもしれませんが、無いよりはあった方が良いと思うので」
銀次郎はアイテムボックスからグラスを大量に取り出す。
箱を開けてグラスを取り出すヴェリーヌさん。
「えっ? これ透明で綺麗。でも高そう」
確かに三百個も買ったから小金貨3枚もしたけど、ネットショップで買ったからガラス製でも安い。
ミリアも心配そうに見ているが、私の故郷では驚く程値段が安い事と、同じようなお店をやっていたので純粋に応援したい事を伝える。
もちろん下心があって動いているのではない。
いや、まったく下心がないと言ったら嘘になるが、それは男の本能であってそうではない。
受付の娘からは若干疑いの目で見られたが、断固としてそうではないと伝える銀次郎だった。
「ギンジローさんありがとうございます。友人に声をかけて、お店を手伝ってもらえるか聞いてみるわ。あとは果実水をもっと作って、はちみつレモンの仕入れも増やしてみる」
ヴェリーヌさんに頑張ってくださいと伝えてお店を出る。
ヴェリーヌさんにハグされた時に、ちょっと嬉しかったのは内緒だ。
ヴェリーヌさんの店を出た後は、近くにあるお肉屋さんに立ち寄る。
「こんにちは〜何か困ったことはないですか?」
店主に聞くと売上は好調みたいだ
ハンバーグ用の挽肉だけではなく、お店で使うお肉も注文を貰えるようになったらしい。
定食屋の店主達も、ハンバーグが売れて忙しいもんな。
店で使うお肉を納品してもらう方が良いだろう。
ここのお肉屋さんに頑張ってもらえれば、ハンバーグ用の挽肉が安定供給が出来るし、何より裏で約束した牛タンが安く仕入れられる。
店主からはこんだけ儲けさせてもらえるなら無料で良いと言われたが、正直タダ同然で牛タンが手に入るのでお金はちゃんと払った。
巨大な牛の舌を見てミリアは驚いていたが、前に問い合わせのあったお肉はコレだよと伝える。
ミリアは信じられない様子だったが、後で牛タンを味わってもらおうと思う銀次郎だった。