第九十一話 足踏みミシン
「これ凄いな」
今日の納品を終えてお店に戻ってきた二人。
預かっていたドレスや鏡をアイテムボックスから取り出した時に、以前ネットショップで購入した足踏みミシンの事を思い出す。
コレあれば楽かな〜ぐらいにしか考えていなかったが、エルヴィスに渡して使い方を説明すると足踏みミシンを使い始めた。
「厚手の素材でも針が通るから、魔物の皮を使ったコートが簡単に作れそうだ」
魔物の皮と聞くと何だか怖く感じるが、エルヴィスが作るコートには興味がある。
足踏みミシンと交換で、冬用のロングコートを作ってもらう約束をした。
大丈夫だとは思うが、真っ赤なロングコートとかが出来上がったら着こなせる自信がないので、黒色のコートでお願いしますとだけは伝える。
エルヴィスのお母さんが用事で店を離れたので、その隙に店を出る。
なんだか悪い事をしているみたいでドキドキしたけど、冷静に考えたら別に悪い事なんかじゃないんだよな。
悪いのは仕事をサボるエルヴィスだけだし。
エルヴィスにそう伝えると肩に手を回し、頼むよとじゃれてきた。
「エール一杯おごれよ」
エルヴィスが了承したので、マニーさんも誘って呑みに出かけるのであった。
場所は目玉焼きハンバーグを売り出したいヨハンさんのお店だ。
マニーさんに社交ダンスの発表会での演奏について相談したかったのと、裏メニューの目玉焼きマインツハンバーグを広める為に手伝ってもらう事にしたのだ。
「プロージット」
木のジョッキをガツンと当ててから、喉にエールを流し込む。
「んはぁうめぇ。オネェちゃんお代わりだ」
マニーさんは三杯分注文しお金も払ってくれる。
歳が離れているとはいえ、サラッとご馳走してくれるマニーさんは格好良いと思う。
大人の魅力ってやつなんだよな。
お代わりのエールは、店主のヨハンさんが持ってきてくれた。
「今日はわざわざありがとうございます。マインツハンバーグ人気ですよ」
確かにお客さんの多くが、デミグラスソースのマインツハンバーグをたべている。
「こっちには裏メニューのアレ、出してもらえますか? 大盛でお願いします」
銀次郎が店主のヨハンさんにお願いして銀貨6枚を渡す。
「おい大丈夫か? 自分の分は出すぞ」
マニーさんに心配されたが、マインツ家から依頼を受けているのでハンバーグ代は後でマインツ家に請求する事を伝える。
事前にお願いはしておいたが、口コミで広がるようにここから芝居を始める三人であった。
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「あそこの三人のはなに?」
周りの視線を感じた銀次郎は下手な芝居を始める。
もちろん周りに伝わるように大声でだ。
「コレうまいでしょ。ここの店主が認めた客にしか出さない裏メニューなんだ。目玉焼きを潰して黄身を絡めてたべるとサイコーなんだよ。しかもお肉は大盛特盛が無料でパンもお代わりできる。これで銀貨2枚でたべれるなんてサイコーでしょ」
銀次郎はハンバーグをたべながら、エルヴィスを見た。
するとエルヴィスはウインクで合図をする。
「この料理マインツハンバーグって言うんだろ。マインツ家のレシピが最近公表されたってのは本当だったんだな」
エルヴィスが最近流行り始めたマインツハンバーグが、マインツ家の料理だという事をアピール。
デミグラスソースはマインツ家の厨房で作ってるし、マインツ家でハンバーグを作った事があるので食卓に上がったのは事実だ。
うん、嘘ではないと都合よく解釈する銀次郎。
マニーさんは笑いながら話に乗ってきてくれた。
「裏メニューってのは良いな。マインツハンバーグは美味いし女を連れてきた時に裏メニューを頼めばモテそうだな」
周囲がざわっとした後、一人のお客さんが裏メニューを注文できるか聞く。
すると他のお客さんも、店主のヨハンさんに裏メニューが注文できるか聞く為にヨハンさんを囲む。
「玉子があと二個しかないから、二人分しか今日は作れないな。明日なら玉子を仕入れとくから、明日また来て下さい。みなさんなら裏メニューの注文を喜んで受けますよ」
冒険者のお客さん達から歓声が上がる。
二人分の裏メニューである目玉焼きマインツハンバーグも、もちろんその場で注文を受けて完売となった。
正直自分でも下手な芝居だったなとは思ったが、意外と通用して気分が良くなった。
コレで口コミは広がりそうだな。
安心した銀次郎は、マニーさんとエルヴィスを誘って二軒目に行くのであった。
「ヨハンさんご馳走様でした」