第八十九話 ハリーの旅立ち
「みんな大袈裟だよ。でもありがと。王都で用事を済ませたらすぐ急いで戻ってくるから」
ハリーを乗せたマインツ家の馬車が動き出した。
本人はすぐ戻ってくると言ってたけど、やっぱり寂しくなるな。
「坊主行こうか」
今日はマインツ家の料理長オリバー自ら、デミグラスソースを持ってきてくれた。
昨日ハンバーグの作り方を教えた食堂に、マインツ家からデミグラスソースを配達してくれる事になったのだ。
マインツ家の料理人がお店に行って、ハンバーグの作り方の相談を受けたり、実際にお金を払ってお客さんとなり味の確認をする。
特に王道のデミグラスハンバーグは、マインツハンバーグと呼ぶ事にしたので、マインツ家の定期的なチェックを入れる事にしたのだ。
マインツ家の料理人にとっては毎日デミグラスソースを作り、配達とその際に何かあれば相談を受ける。
どこか一店舗でハンバーグを注文して、味の確認をするので仕事は増えた。
しかしその日の配達担当になった者は。お給料とは別にマインツ家から銀貨3枚が支給される。
ハンバーグを食べて、残りのお金は自分の懐に入れても良いし、食べ歩きをして料理の勉強をしても良い。
家族がいる者は一緒にハンバーグを食べても良いのだ。
配達とハンバーグの確認が終わったら、そのままその日の仕事を上がれるので、家族と一緒に過ごす事も可能なのだ。
オリバーと一緒にデミグラスソースの配達を終えて、ハングリーベアーに戻ってきた。
ちょうどモーニングタイムが終わった時間なので、お客さんは誰もいない。
「坊主これは勉強になるな。俺らはハンバーグを作る事は出来るが、どうやってお客さんに売るかまでは考えた事がねぇ。昨日、目玉焼きハンバーグは値段が高くなったら厳しいと言ったが、あれなら売れるな」
異世界では玉子が一個銅貨5枚の値段である。
数が少ないのと、配達時に玉子が割れてしまう可能性があるので値段が高い。
いずれ玉子の仕入れ価格を下げる努力をしようとは思うのだが、今はどうやったら高い値段でも目玉焼きハンバーグが売れるか考えたのだ。
「目玉焼きハンバーグはヨハンさんのお店でしか今のところ出さないと思います。理由は玉子の仕入れ値が高いからです。これを逆手に取りましょう。目玉焼きハンバーグの値段は銀貨2枚にして、メニューには出さないで下さい。裏メニューって言って、常連さんにしか頼めない形にします。そして目玉焼きハンバーグの大盛り特盛は無料にしましょう。この辺は冒険者の宿が多いので、値段が高くても美味しくてたべ応えがあれば売れます。こっちから売り込むのではなくて、知る人ぞ知るメニューにします。常連さんだけしか注文出来なければ、常連と認められる様にお店に通うお客さんが増えます。そして常連と認められて裏メニューを注文出来る様になれば、今度は常連であり続ける為に店に通い続けますよ」
お昼に銀貨2枚出すお客さんは少ないと思うが、冒険者達が帰ってくる夜なら十分勝負できる。
この世界は新聞やテレビ、ネットがないので口コミが強い。
うまく情報操作が出来れば、面白いと思うんだよなぁ。
全部の食堂にデミグラスソースを納品し、ハングリーベアーに戻ってきた銀次郎とオリバー。
モーニングの営業は終わっているので、お客さんは誰もいない。
バーニーさんとオリバーは知り合いなので、今日はバーニーさんのハンバーグをたべたかったのだ。
「デミグラスソースで作るマインツハンバーグも、トマトソース煮込みハンバーグもうめぇな。このジャガイモの揚げたのは、エールにも合いそうだ」
マインツ家の料理長がバーニーさんのハンバーグを認めたが、腕って聞いたらバーニーさんの丸太の様な腕に目がいってしまう。
フライドポテトは長男のルッツが作ったと伝えると、ルッツに作り方を教えてもらうオリバー。
その光景を見て銀次郎は微笑ましく思った。
「あれだな。やっぱりマインツ家では出しにくいが、鉄板焼きハンバーグが俺は良いと思う。美味かったら油跳ねは気にしないだろ。肉とソースが焼ける匂いも堪らねぇしな」
ガハハハと豪快に笑うオリバーだが、匂いや視覚でも楽しめる鉄板焼きハンバーグは人気が出ると思う。
デミグラスソースでもトマトソースでも合うし、人気の追いチーズもやりやすい。
ただやはりお客さんは選ぶので、油跳ね防止の紙の代わりが無いか再び考える銀次郎だった。
「オリバーさんせっかくなんで、ちょっと付き合ってもらって良いですか?」
ハングリーベアーで食事を済ませた後、銀次郎はオリバーを連れてレイチェルさんのダンスホールに向かう。
レイチェルさんにマインツ家の料理長オリバーを紹介したかったのと、社交ダンスの発表会で出す食事の方向性を話し合いたかったからだ。
「レイチェルさんこんにちは。いつも急に来てすみません。マインツ家の料理長オリバーさんを紹介したくて一緒に来てもらいました」
「ギンジローさん、別にいつでも来て良いのよ。あと私はオリバーさんが見習いの頃から知ってるわよ。まだ結婚していないんでしょ? 良い人はいないのかしら?」
レイチェルさんは虎と面識があったが、オリバーの事も知っていたのか。
それでもこんな機会はなかなか無いので、社交ダンスの発表会での食事について、三人で話し合うのであった。
その後は親方のところに行って、追いチーズ用のナイフの作成を依頼する。
虎から譲ってもらったミスリルと、お金を渡そうとしたが、ウイスキーの方が良いらしい。
結局チーズをおつまみに三人でウイスキーを二本空ける。
このまま呑みたかったが、まだ用事があるので親方とは別れてエルヴィスの店へ行く。
ドレスの納品の打ち合わせをしていると、オリバーはお母さんにジャケットとスラックスを仕立ててもらっていた。
普段は着ないけどこれから街に出て、仕事でハンバーグを食べる機会が多くなる。
外で恥ずかしくない格好をしないとなと本人は言っていたが、とっても良い心がけだと思う。
今日は歩き回って汗もかいたし、親方のところでお酒も呑んだ。
風呂で汗を流したくなったので、オリバーとマインツ家まで戻り、従業員用の風呂に浸かるのであった。
やっぱりお風呂はサイコーだな。




