8 寮生たちの秘密のパーティ 中編
ラーグハウスの庭まで来てみると、ひゅん、ひゅんと何人かがスタッフに乗って飛び回っていた。
「どうしたの?」
「あっ、マチルダ先輩、ヒューゴ先生」
ラーグハウスの団長で六年生のアデールが、金のタッセルを翻し、すぐ隣で急停止した。
「新入生の一人が、『パーティなんてしない!』って言って、急に飛び出しちゃって」
五年生の子も一人、やってきた。
「風魔法が得意な子で、すばしっこくて捕まえられないんです。結局見失っちゃって」
「もしかして、シビルっていう子? 入学前から飛べてる子がいるって、噂で聞いた」
マチルダが聞くと、二人は同時に「はい!」とうなずいた。
シビルの家は、地方に広大な農場と牧場を持つ豪農だ。
たまたま普通よりも早く魔力を取り込めるようになった彼女は、両親によって入学前から魔法使いの家庭教師をつけられた。どうやら両親は、娘に魔法学校でトップになってほしかったらしく、魔法を『予習』させたのだ。
広大な私有地があるのをいいことに、彼女は飛行魔法をマスターした。私有地内なら、魔法の使用は違反にはならない。
ヒューゴが言う。
「シビルの魔力なら知ってる。俺も探す。マチルダ」
「うん、私も探す。魔力を教えて」
マチルダが手を伸ばすと、ヒューゴはその手に触れた。
一人一人、少しずつ異なる魔力の特徴があるのだが、シビルのものがどんなふうなのかが伝わってくる。
これで夜でも、近くまで行けばシビルを探し出すことができる。彼女はまだ、自分の魔力を隠す術までは知らないはずだ。
「アデールとモニクは、学校の敷地内全体を探してくれ。俺たちで森や旧市街を探す」
ヒューゴは、自分が教えている学生の名前は全員覚えている。素早く二人に指示を飛ばした。
「はい!」
団長アデールと五年生のモニクは、飛び立っていく。
「俺は北の森を探してみる」
「じゃあ、私は旧市街に行ってみるね」
ヒューゴとマチルダも、ふわっと高度を上げると、それぞれの場所へ向かった。
旧王都ガーデールは、城塞都市である。
魔法学校の北側には森が広がり、ある程度まで行くと崖になっていて、そこから先は進めないように魔法がかかっている。
東西と南には、ややいびつな形で市街地が広がっていた。市街地を囲む城壁を出て階段を降りると、下は農地と牧草地。その先はまた深い森で、北と違ってこちらは森の手前までしか進めないようになっている。
上空から見ると、ガーデール全体がすっぽりと樹海に包まれ、陸の孤島になっているのだった。
外部と行き来するには、魔法で区切られた境界を抜ける校長許可が必要だ。許可を得て境界を出たとしても、樹海は魔力が微妙に狂うため、高度な転移魔法を必要とする。
とにかく、校長許可(もちろん魔法的なもの)が出ていないので、シビルは旧王都の中にいるはずだ。
彼女を見つけたのは、マチルダだった。
(あんまり暗いところは、怖いんじゃないかな。まだ光魔法は難しいはずだから、せいぜい火の玉だし、火の玉を出し続けながら飛ぶのも難しいだろうし……)
旧市街には、学校関係者や農家の人々がやってくる食事どころや酒場が数軒ある。その明かりが届く場所の、すぐ外側あたりを、マチルダはゆっくりと飛んでみた。
すると、一軒の廃屋から、魔力が漂ってくる。
(いた)
ヒューゴとアデールに連絡を飛ばしてから、マチルダは高度を下げ、かすかな喧噪の聞こえてくる路地にふわりと降り立った。
平屋で石造りの建物は半分崩れ、建物に併設された木造の厩舎は、壁に穴が開いている。
「シビル?」
その穴から、そっと声をかけると、中で藁がガサガサッと鳴った。
「だれっ」
「購買部のマチルダでーす」
「……まちるだ、さん?」
教師や団長ではなくてよかったかもしれない、と思いながら、マチルダは戸口側(扉はすでになくなっていたが)に回り、中を覗いた。
厩には藁がまばらに散らばり、奥にいくつか壊れかけの樽が置かれている。その樽の陰で、黒いものが動いた。
マチルダはスタッフを縮めると、杖先で空中に小さく【天の紋章】を描く。
『ディエイグ、星の光よ』
ぽっ、と杖先に光が点る。天属性の明かりは熱が発生しないので、木造小屋の中でも安心だ。
優しい光に照らされたのは、うずくまっている黒髪の女の子だった。
「あっ……」
「一人で飛んでいったって聞いたけど、怪我はない?」
マチルダが聞くと、シビルはうつむいてうなずく。
「よかった」
ごく自然にシビルに近づいたマチルダは、しゃがみ込んで視線を合わせた。
「パーティがいやだったんだって?」
「だって! ダメでしょ!?」
シビルは急に、強い調子で言う。
「消灯のあとは、お部屋を出ちゃいけないんだもん! 決まりは、やぶったらいけないんだもん!」
「あぁー」
(真面目な子なんだな。うん、正しい)
そう思いながら、マチルダは隣に座る。
「決まりを守ろうとしたんだ、偉いね! でも寮の決まりはね、必要な時は破ってもいいことになってるんだ。団長がちゃんとわかっていれば大丈夫」
「や、『破ってもいい』なんでしょ!? 破らない方が偉いんだもん! 守るのが、一番、正しいもん!」
シビルは言い張る。もちろん、彼女の言うことは、間違ってはいない。
マチルダは、パーティがなぜ毎年開かれているのかを説明した。
「──というわけで、友達も先輩も味方だってわかってほしい、この学校で安心して過ごしてほしい、ってことで始まったんだよ。ホームシックも治っちゃうようにね」
「パーティなんてなくても私は平気だもん。決まりを破らないと治らないなんて、ずるいもん!」
「あ、じゃあシビル、どんな決まりにしたら治るか、ちょっと考えてみてくれないかな」
マチルダはピッと指を立て、提案した。
シビルは目をぱちくりさせる。
「どんな決まりに、したら……?」
「そう。決まりは、変えたっていいんだから」
マチルダの言葉に、シビルは息を呑む。
「えっ」
「学校の決まりは、みんなが安全に元気に過ごせるように作るもの。決まりがあって、みんなが従うのではなくて、みんながあっての決まりごとなの。一番大事なのは、みんななんだよ」
にっこりと、マチルダは微笑んだ。
「…………」
シビルは少し、黙り込んだ。
そして、口を開く。
「自分で決めて、いいの……?」
「ん?」
「友達のエミールがね、おうちに帰りたいって、泣いてた。エミールが泣かなくなるなら、パーティ、してもいいの?」
マチルダははっきりと答える。
「友達のために必要なら、いいんだよ。団長も先輩たちもついてる。一緒に楽しんであげて。これからも一緒に楽しく過ごせるんだって、教えてあげて」
「…………」
しばらく考えて、ようやく、シビルは頬をゆるめた。
「……うん」
「戻る?」
「うん」
「じゃ、行こ」
マチルダとシビルは立ち上がった。
不意に、シビルが声を上げる。
「あっ」
「どうしたの?」
「決まりを破りたくなくて、パーティから逃げたのに……学校の外に出ちゃった。決まり、破っちゃった」
肩を縮めるシビルに、思わず笑ってしまいながらマチルダは言う。
「みんな、心配してたよ。心配かけたことは、ちゃんと謝ろうね。私も一緒に説明してあげるから」