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7 寮生たちの秘密のパーティ 前編

◎sideヒューゴ


(親父、また余計な気を利かせやがって)

 思いつつも、ヒューゴは「ごほん」と咳払いして口を開く。

「さっき、団長たちと話したと言ってたな」

 いかにもさっき聞いたふうに言っているが、昼に大食堂で団長たちとマチルダが話しているのを見かけたので、とっくに知っている。

「あ、うん」

 マチルダがうなずくと、ヒューゴは聞いた。

「今年も『秘密のパーティ』やるのか」

「もちろん!」

 んふふ、とマチルダは笑った。


『秘密のパーティ』──それは、新入生たちのために行われる特別なイベントである。

 早い話が、教職員たちに隠れて夜中にパーティを開き、美味しいものを食べてしまおう、という背徳的なイベントだ。


 マチルダは少し酔った様子で、頬をほんのり染めて言う。

「ね、私たちが入学した時のパーティ、覚えてる?」

「あ、ああ」

 ヒューゴはうなずく。

「俺らの時は……男子寮と女子寮の合同だったよな」

「そう! 六年生の先輩二人が、私の部屋の四人と、ヒューゴの部屋の四人を厨房に連れて行ってくれて、火魔法使ってピザパーティ!」

 寮内は火気厳禁で、火魔法は使えないようにされているのだが、厨房だけは別なのだ。

「先輩がピザにバニラアイス載せちゃって、面白かった!」

 クスクス笑うマチルダに、

(可愛い)

 と思いながらヒューゴも微笑む。

「合うよな、チーズとアイス。蜂蜜もかけて」


 新入生たちは十歳で故郷を離れており、一ヶ月も経つと深刻なホームシックに陥ることがある。

 そこで、最初の魔法を覚えたあたりのタイミングで魔法の楽しみを知ってもらい、イケナイ秘密を共有することでナイト同士の絆を深めてもらおう、と伝統的に行われているのが、『秘密のパーティ』だ。

 二人の団長が密かに計画し、購買部を通じて食材を確保し、先輩たちが後輩たちをこっそり誘って実施するのである。


 そんなわけで、今年も『秘密のパーティ』の食材を購買部で調達することになっていた。マチルダが大食堂で団長たちと相談していたのは、その件だったのだ。


「今年は、みんな何を食うのかな」

 ワインのせいか、今日のヒューゴはいつもより多く話せている。マチルダのグラスにワインを注ぎながら、質問した。

 マチルダは頬杖をつく。

「それがさ、難しくて。タコヤキって知ってる?」

「……知らない」

「大陸の東の方の料理らしいんだけど、小麦粉を使った緩めの生地を、このくらいのボールみたいな形に焼くんだって。中に好きなものを入れて、なんか特別なソースをつけて」

 マチルダは親指と人差し指で輪を作ってみせる。

「一口サイズだからいくらでも食べられるって、今すっごく流行ってるらしいの。知らなくて焦ったわー、私たちも流行についていかないと」

「へぇ……。いや待て、ボールの形? どうやってそんなふうに焼くんだ。新入生たちには無理だろう」

 ヒューゴは異議を唱える。新入生が自分の魔法で参加できる形にするのが、パーティの基本だ。

 マチルダは説明した。

「新王都のタコヤキ店では、専用の鉄板を使って焼いてるんだって。穴がいっぱい空いてるようなやつ。で、グローリア先輩に相談したら、作ってもらえそうなの」

「すごいな。さすがは魔導具師一筋五十年のベテラン」

「せっかくだし、使い終わったら貸してもらおうか? メイトランド家でもやってみようよ。あっ、でも、私がやると失敗しそう……ええと、ヒューゴ……」

 後ろめたそうなマチルダの上目遣いに、ヒューゴはトスッと胸を射抜かれる。

「しょ、しょうがないな。俺がやるよ」

「やった!」

 ぱっ、とマチルダは笑顔になった。

「じゃあ、その分の材料も仕入れておくね。ふふ、楽しみだなー」


◎side マチルダ


 いよいよ、秘密のパーティの期間がやってきた。

 今年の一年生は男女各三十人ほどいて、男子寮八部屋、女子寮八部屋に分かれている。四人部屋には先輩二人、三人部屋は二部屋まとめて六人いるところに先輩が三人ついて、順に厨房でパーティが開かれた。

 ティールハウスとラーグハウスそれぞれの寮母は、翌朝に厨房がきれいな状態になってさえいれば、口は出さないスタンスである。

 

 一日目、二日目と、パーティは順調に行われた。グローリアの作った鉄板で、タコヤキも無事に作れたようだ。

 食材を仕入れた責任もあり、卒業生ギルド会館にはこの期間、購買部の誰かが泊まって何かあった時のために備えている。

(今日も無事に、タコヤキ作ってるかな。材料は足りてるかな)

 マチルダは思いながら、三階の作業場で魔法陣の上に手をかざしていた。割れた魔石を粉にしているのだ。

 粉にした魔石は魔法薬にしたり、他の素材と混ぜ合わせて旧王都の建築物に利用したりする。


 ふと、外階段を上ってくる足音がして、扉が開いた。

「あれ、ヒューゴ」

 マチルダは声をかける。

「おう」

 シャツにネクタイ姿のヒューゴが入ってきた。立ち止まった彼は、ぐるりと作業場を見回し、眼鏡を直しながら、言う。

「……マチルダが、泊まりの日だなと」

 仕事ではスラスラしゃべるのに、それ以外では必要最低限しか口にしないヒューゴである。

「うん。私に何か用?」

 立ち上がると、ヒューゴは一瞬無言になった。

 マチルダは心配になってしまった。

「何? 何かあった?」

「……腹が減って」

「へ? ああ、夜食?」

 購買はとっくに閉まっているのだが、ヒューゴは何か食べ物を買いたいらしいと察したマチルダは、苦笑する。

「仕方ないなー、開けてあげよう」


 作業場を出て、二人は外階段を下りていく。

「急な残業にでもなったの? 大変だね」

「……おう」

「校長先生の夕食は?」

「置いてある」

「あれ?」

 マチルダはふと顔を上げた。

 女子寮(ラーグハウス)の方で、ちらちらと明かりが動いている。 

 すぐにヒューゴも気づき、彼女の隣に立って目を細め、ハウスの方を見つめた。

「……上級生たちは、パーティの時は明かりが外に漏れないように気をつけてるはずだ。それなのに……何かあったな」

「行こう、ヒューゴ!」


 二人は階段の手すりを乗り越え、地面に降り立った。ある程度は、魔力で身体を保護できるのだ。

 マチルダは、ひゅん、と伸ばしたスタッフに横座りに飛び乗った。

 一方、ヒューゴは短距離だと、スタッフには乗らない。スタッフを使うのは、魔力の方向を決めやすく飛ぶのが楽、という理由なので、乗らなくても飛べないわけではないのだ。


 二人は一気に上昇し、ラーグハウスへと向かった。

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