6 魔法構築学の授業が終わったら、ランチタイム
◎sideヒューゴ
入学して最初に習うのは、魔法の基礎・五属性についてだ。
五属性とは、土・水・火・風・天の五つで、天だけが少々特殊な特徴を持っていた。
このあたりを受け持つのは、ヒューゴの魔法構築学である。
「土・水・火・風は、精霊の力を借りる魔法だ。それぞれ自然の影響を受けるし、お互いにも影響し合う。簡単に言うと、そうだな……家の台所で、火を熾す手伝いをしたことのある者は?」
大勢が手を挙げた。ヒューゴはうなずき、両手の拳を縦にくっつけて口元に持って行った。
「その時、こんなふうに息を吹きかけて火を熾そうとしなかったか?」
「したー!」
「しました!」
「火魔法も同じで、風魔法を一緒に使うと、火は早く熾るし大きくなる。他には、そうだな……土と水で、何か思いついた者は?」
「先生、僕、泥団子を作って遊んだ! 砂に水を混ぜると固まるんだ!」
「いい例をありがとう。そう、土魔法は、水魔法をうまく使えば強化できる。しかし、山の斜面に大雨が降ると崩れるな? このあたりはバランスだ。いずれ、各属性の授業で習う」
彼が話すに連れ、背後の黒板にチョークの文字が勝手に現れる。
学生たちがノートに書き取るのを待って、ヒューゴは続けた。
「一方、天属性は特別で、精霊の力は借りない」
頭をひねる新入生たちに、ヒューゴはかみ砕いて語る。
「嵐になろうが、乾燥しようが、変わらないものがあるだろう。昼と夜は必ず、交互に来るな。春の次に、冬は来るか?」
「来なーい!」
「このように、天は、何ものの影響も受けない、一つの大きな存在だ。この特性を利用して、魔法の効果を半永久的に、がっちりと固めることもできるわけだ。……そろそろ時間もいいようだな、続きは次回にしよう」
がたがたっ、と立ち上がりかける学生たちに、ヒューゴは声をかける。
「宿題。土・水・火・風のうち二つ以上の組み合わせで、効果が強くなる魔法と弱くなる魔法を一つずつ考えてくること。当てるからな」
「ええーっ」
「解散」
ヒューゴはさらりと言うと、教科書を閉じて小脇に挟み、教室を出た。
太陽は中天にさしかかっている。
彼はそのまま、大食堂へと向かった。
昼時の大食堂は賑やかだ。席は十分にあるので、座れないということはない。
長いテーブルに大皿の料理が並び、学生や教職員は好きなものをとっていく。足りなくなると魔法が発動し、昼休みの残り時間に合わせて料理が追加される仕組みになっていた。
(お、今日は魚のフライがあるぞ)
塩と酢をかけて食べるのが、ヒューゴのお気に入りだ。ちなみにマチルダはタルタルソース派である。
温野菜とマッシュポテト、そしてパンも、皿に載せる。
デザートに、パイナップルのアップサイドダウンケーキも一切れ取った。
座る場所を探しながら、無意識にマチルダを探す。
(いた)
マチルダは、食堂の一番隅っこのテーブルにいた。
彼女の向かいに、学生が二人座っている。背中に垂らしたローブのフード、その先端に、金色のタッセルがついていた。団長の印だ。
二人はどうやら、ティールハウスの団長とラーグハウスの団長らしい。
三人で額をつきあわせ、昼食を取りながら、何やら楽しげに話している。
(ああ)
ヒューゴはピンときた。
(今年も、アレをやるのか)
◎sideマチルダ
「ただいま帰りましたー」
帰宅すると、食堂から元気な声が聞こえてきた。
「おっかえりなさーい!」
顔を覗かせると、トロイラス・メイトランド校長がひらひらと手を振っている。
美しい銀の長髪に優しい青い瞳、そしてややぽっちゃりした体躯から繰り出されるオネエ言葉は、学生たちに警戒心を抱かせない。
「マチルダも少し飲まない? 早くローブを置いてらっしゃい」
そういう彼は、白ワインのグラスを手にしている。
「はいっ」
急いで自室にローブをかけ、手を洗ってから戻ると、ヒューゴがテーブルに皿をいくつか置いていた。マチルダの夕食に、エビとほうれん草のグラタンとオニオンスープ。そしてつまみ用に、ナッツとチーズが山盛りになっている。
フクロウ印のワインは魔法で冷えた状態を保っており、トロイラスがマチルダのグラスにワインを注いだ。
「ありがとうございます」
「今日もお疲れ様!」
軽くグラスを上げ、マチルダは一口ワインを飲んだ。蜂蜜の風味がして美味しい。
「今年も無事にスタートを切れて、嬉しいわっ」
「新しい課目ができたそうですね。団長たちから聞きました」
「そうなの。卒業生でデザイナーをやってる子が一年間、講師をしてくれることになってね」
ガーデール魔法学校の学生は、卒業と同時に卒業ギルドに登録される。ギルドメンバーはギルドを通じて連絡し合うことができ、社会に出てからも互いに仕事を紹介し合ったり、困った時はおのおのの得意魔法で助け合ったりする。
もちろん、連絡し合うことが「できる」だけであって、「しなくてはならない」わけではない。
ただし、ギルドメンバーには二つだけ、義務があった。
一、参集義務……魔法にかかわる有事の際は参集すること
二、貢献義務……何らかの形で魔法学校に貢献すること
魔法による何らかの脅威が迫った時、ギルドメンバーは協力して解決することになっている。これは例の、魔王ベロズムニカのことがあったためにできた義務だ。
そして貢献義務は、優秀な魔法使いを育てるために、先輩たちも協力しようというもの。といっても、どんな形でもいいし、規模の大小も問わない。
寄付であれば、お金はもちろん、差し入れレベルの現物でもいい。
労働であれば、歴史的遺産である旧王都のメンテナンス他、仕事はいくらでもある。
教育であれば、教師や講師として学生を教える。……など、など。
マチルダやヒューゴは、卒業して数年の現在、学校で働いているのですでに貢献義務を果たしている。
しかし、例えば子育てが一段落してからでも、転職の谷間でも、老後の過ごし方としてでも……魔法使いたちは人生のタイミングに合わせて、義務を果たせばいいのだ。
今年、デザイナーが一年間授業を受け持つことになったのも、貢献義務がきっかけである。義務といっても、割とノリノリで教えに来ているようだが。
「『デザイナーによる魔法意匠学』、四年生以上の選択授業にしたんだけど、登録が殺到してるの」
トロイラスは嬉しそうに話す。
「それで、週一コマの予定だったけど、同じ内容で二コマやってもらうことになったわ」
「面白そうですもんね! 私も見に行こうっと」
マチルダはうなずく。
授業を自由に見学できるのは、ギルドメンバーの特権の一つだ。
卒業してしばらく経つメンバーが、復習のため、また知識のアップデートのために見にくることも、よくある。そのままゲスト講師として授業に参加する、まである。
「さてと」
トロイラスは立ち上がった。
「アタシ、ちょっと読みたい本があるから、部屋に引き上げるわね。それ二人で飲んじゃっていいわよ。ごゆっくりー!」
彼は鼻歌を歌いながら、食堂を出て行った。
(……はっ)
マチルダが我に返ると、さっきから口を挟まず静かに飲んでいたヒューゴと、目が合った。