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5 魔王封印についての噂

◎sideマチルダ


(私も、今の仕事は好きなんだよね。卒業後に就いた仕事も、興味がなかったわけじゃないけど)

 マチルダもまた、過去に思いを馳せる。 


 マチルダは、辺境の小さな村で生まれた。

 果樹園を営む実家は貧しかったが、魔力を大量に取り込めることが十歳の時にわかり、両親は領主に報告した。隣町にある小さな魔法学校に通わせるため、手続きをしようとしたのである。


 この時、魔力が強いという話が、たまたま領主から辺境伯に伝わった。


 あれよあれよという間に、マチルダは大金と引き替えに辺境伯の養女になった。そして、『マチルダ・ウッド』という名前で、全寮制の旧王都ガーデール魔法学校に入学した。

 義務の三年間はもちろん、その後の三年間の学費を養父が持ってくれるので、六年学ぶことになる。


(父さん母さんが、お金をもらって幸せになるんだから嬉しかったし、私も魔法を使いこなすことにはめちゃくちゃ興味があったんだよね。下手したら普通の学校すら行けないような暮らしだったから、よけいに憧れてた)

 マチルダは学べることに感謝しながら、がむしゃらに勉強した。

(卒業したら、魔法で村を豊かにするんだ!)

 成績は常にトップクラス。最高学年になった時にはラーグハウスの団長になり、強力なライバルのヒューゴもいて、日々が充実していた。

 そんなある日、辺境伯からの使いがやってきて、マチルダは愕然とすることになる。

『あなたの婚約が決まりました』


 相手は、同級生のヘイデン・ゲイル。ガーデールには貴族の子女も通っているのだが、彼は公爵家の跡継ぎである。

 ウッド辺境伯は、優秀なマチルダを有力者と結婚させ、王侯貴族とのつながりを作ろうとしていたのだ。


(へ、ヘイデン? よく私をにらみつけてくるヘイデン?)

 マチルダは戸惑った。

(あの人たぶん、私のこと嫌ってると思うんだけど。婚約なんて、絶対喜ばない。できれば、彼から断ってもらえないかなぁ)

 マチルダがヘイデンを呼び出すと、金髪固太りの彼は、楽しそうに笑いながら言ったものだ。

『団長のお前に見下されたのは気にくわなかったが、そのお前が俺の妻になるなんてな』

 どうやら彼は、自分がティールハウスの団長になれず、マチルダがラーグハウスの団長になったことを『負けた』と考えていたフシがある。

 それもイマイチ彼女には理解できなかったが、さらに今回『結婚によって自分はマチルダの上の立場になるからリベンジ達成』と考えているらしく、サッパリ意味不明だった。

『お前は卒業したら、王宮魔法使いの弟子になるんだ。で、何年か適当に修行を積んで正式な王宮魔法使いになったところで、俺と結婚。いずれは王家の魔法顧問になる。フフッ、ゲイル家が国を牛耳れる日も近いな!』

 ゲイル家は彼女を通じて、政治を動かそうとしているらしい。

 卒業したら辺境伯の領地、つまり故郷に帰れると思っていたマチルダの、村の役に立ちたいという夢は、あっさりと絶たれてしまった。


 すぐに婚約の噂は広まり、同級生や後輩たちに祝福された。

「おめでとうございます!」

「ありがとう」

 ヘイデンは堂々と礼を言い、マチルダの肩に馴れ馴れしく手を置いたりする。正直、うっとうしかった。

「マチルダ先輩、卒業したら王宮に勤めるんですか?」

「王家を魔法で守るんですよね、すごい!」

「うん、頑張るよ」

 マチルダは笑顔で答える。

 しかし、ヒューゴは少々、態度が違った。

「王宮魔法使いになるのか」

 そう言ったきり、彼女を見つめて黙っている。

「何よ」

 居心地の悪くなったマチルダが聞くと、彼はただ一言、こう答えた。

「似合わないなと思っただけだ」

「え……」

 言い返す間もなく、彼はその場を立ち去ってしまったのだ。


 それ以来、彼とその話をすることはなかった。 


 王宮魔法使いは、王族のために働く。卒業生ギルドとしては戦争にかかわることはなくとも、もしも戦争になったら、個人としては戦わなくてはならない。

 卒業して王宮魔法使いの弟子になったマチルダは、各国の情勢、我が国の世界での立ち位置を学びながら、戦争になるとしたらどう戦うかのシミュレーション、それに使用する魔法の構築などを手伝った。

(でも、ヒューゴの言うとおりだったよね。これは私のしたかったことなのかな、って、ずっと思ってた。王子様や王女様に魔法を教えるのは、楽しかったけど……)

 

 二年半ほど弟子として働いたマチルダは、師匠の覚えもめでたく、正式に昇格試験を受ける許しを得た。

 合格すれば、彼女は王宮魔法使い。そしていよいよ、ヘイデンと結婚することになる。


 ちょうどその頃、国ではとある大がかりな儀式が行われることになっていた。

 四百年前に旧王都が放棄される原因になった、大災害。それを引き起こした魔王ベロズムニカの、鎮めの儀式である。


 魔法使いが負の感情を持って魔法を使用する時、それに呼応した精霊たちの中に少しずつ、負のエネルギーが蓄積される。

 古来、魔法は大小様々な悪事や戦争に利用されてきた。負のエネルギーも、免許制度ができた今とは比べ物にならないほど発生し、やがて(こご)り、魔力の使用者であった人間のような形をとって成長した。

 これが、魔王ベロズムニカだ。


 負のエネルギーだけで出来上がった純粋悪・ベロズムニカは、底なしの魔力を使って暴力的な天属性魔法を発動させ、異常気象を引き起こした。旧王都は壊滅寸前にまで追い込まれた。

 四百年前の魔法使いたちは魔王を消し去ることができず、魔法で封じ込めた。ベロズムニカは眠っているだけで、今も存在している。

 封印魔法自体は強力なものが張られているし、新たな負のエネルギーがそこに入り込むこともない。免許制度が作られ、魔法の悪用が少なくなったため、新たな魔王が生まれることもない(今のところ)。

 しかし、ベロズムニカの封印は、五十年おきに更新する必要があった。そこで毎回、選ばれた五人の魔法使いたちが協力して、再封印を施すのだ。


(魔法使いの誰が選ばれたのかも、その具体的な日時も場所も、他の人々には知らされない。気がついた時には、儀式は終わっている。でも、三年前のその儀式の時に、何かあったはずなんだ。その時以来、私は――)


「──マチルダさん!」

 はっ、と我に返ると、彼女は購買部のカウンターにいた。

 目の前で、新入生の男の子がニコニコしている。昨日、魔石を割ってしまって修理を頼みに来た子だ。

「あっ、昨日のあれね。できてるよ!」

 マチルダは立ち上がって奥へ行き、マジックスタッフを持って戻ってきた。

「はい。先生の言うことをよく聞いて、気をつけて使うこと。月末に飛行試験があるでしょ、まずはその練習に集中したらいいんじゃないかな」

「うん、わかった!」

 大きくうなずいて、彼はスタッフを受け取った。

「あ、ねえ、マチルダさん」

「何?」

「僕、聞いたんだけど……」

 彼はわくわくした様子で言う。


「ガーデールで働いている人の中に、『五封厄』がいるって、ホント!?」


 マチルダは一瞬、どう答えようか迷い、そして口を開いた。

「そんな噂になってるの?」

「うんっ。魔王を再封印した魔法使いなんでしょ、どんなだったか聞きたいなー」

「ふふ、私も。でも、誰が選ばれたかは毎回秘密になってて、五封厄同士しか知らないのよ」

「え、なんで?」

「封印魔法に必要な、暗号呪文(コード)を知ってるから。もし、誰か悪者が魔王を解き放とうと考えたとして、五封厄からコードを奪おうとしたら危ないでしょ。だから秘密なの」

「そっか。じゃあ仕方ないね。あ、ありがとうございましたー!」

 手を振って購買部を出て行く彼を、マチルダも手を振り返しながら見送った。

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