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4 朝の光の射し込むキッチンにて

 ガーデール魔法学校は全寮制で、学生たちは朝昼晩の食事を大食堂で食べる。

 教職員たちは、職員寮で暮らす者、旧市街に家を持っている者と様々だが、それぞれの自宅で朝食をとってから出勤し、昼食は学生たちと一緒に大食堂で、そして夕食は自宅で食べるのが普通だった。

 メイトランド家では、朝食はマチルダの担当、夕食はヒューゴの担当である。


◎side:マチルダ


 朝の光の射し込むキッチンで、マチルダは調理台の上に材料を並べた。

「小麦粉、砂糖に塩、牛乳にバター、卵とベーコンと野菜、っと」

 材料はただ横一列に並べられただけのように見えて、実は調理台に仕込んだ三つの魔法陣の定位置に置かれている。マチルダは料理が苦手なので、毎回同じ調理ができるように、最初から魔法を構築してあった。

「クッキング、スタート!」

 両手をかざすと、ふわっ、と材料が浮かび上がった。

 一番左の魔法陣の上、空中で、小麦粉と砂糖と塩、そして牛乳とバターが混ざり合う。弱い火魔法が使われているのは、発酵のためだ。続いて時間短縮の魔法が発動する。

 隣の魔法陣では、トマトが輪切りにされ、ベーコンがスライスされた。その二つがフライパンに飛び込んだ上で、四つの卵が次々と割れる。

 一番右の魔法陣では水魔法が発動し、レタスやキュウリを空中でしゃばしゃばと洗った。すぐ近くでオイルの瓶とチーズおろし、そしてペッパーミルが待機している。

 やがて、ふんわりと宙を飛んだ料理が、テーブルの二枚の皿の上に収まった。

 こんがり焼けた丸いパンに焼きトマト、二つずつあるベーコンエッグの目玉が一つ割れているのはご愛敬。鮮やかなグリーンサラダには、オイルと粉チーズとブラックペッパーがかかっている。

「できた」

 よし、と拳を握っていると、いきなり気配もなく、ヒューゴが隣に現れた。

「わっ、お、おはよう」

「おはよう。昨日の豆スープが残ってる」

「頂きます」

 ヒューゴは黙って、氷魔法のかかった保冷庫から片手鍋を取り出すと、火魔法をかけた。


◎side:ヒューゴ


(あー。やっべぇ)

 スープを温めながら、ヒューゴは密かに手汗を拭いた。

(親父がいないの、久しぶりだからな。二人で朝食とか、くっそ、新婚かよ)

 横目でちらりとマチルダを見ると、彼女は二つ並んだマグカップにミルクを注ぎ分けている。黒ローブを着ていないので、白いブラウスがまぶしい。

 テーブルを見ると、それぞれの皿に目玉焼きが二つずつ、艶やかに光っている。

(目玉焼きは親父が嫌いだから、いつもはスクランブルかゆで卵だけど、今日は親父がいないから目玉焼きにしたのか。あっ、ひょっとして昼食のハンバーグに俺がいつも目玉焼き載せてんの気づいてて俺のために……? くっそ、可愛いかよ)

 学生時代は一緒に食事をとったことなどない二人だが、今は職員同士で話をしながら昼食を取ることがあるのだ。

 すぐにスープは温まり、ヒューゴは慎重に二つの器に注ぎ分けた。黙ってテーブルに置く。キッチンにも、小さめだがテーブルがあるのだ。

「ありがとう、ヒューゴ。さ、食べよう! いただきまーす」

 ヒューゴとマチルダは、向かい合わせに座った。

(新聞、来たかな)

 キッチンの入口に、まるでタオルのようにかけてある羊皮紙を、魔法でテーブルの方に持ってくる。そして、二人で見えるように広げた。

 すでに、昨日の記事は今日のものに書き換わっている。

『魔法鉄道、試験運転開始』

「あ。ヒューゴが前に働いてたとこだね」

 パンをちぎりながらマチルダが言う。ヒューゴは新聞を読みながら黙ってうなずいた。


 彼は現在、ガーデールで魔法構築学の教師をしているが、前職――卒業してからしばらくの間――は『魔法インフラ庁』というところで働いていた。

 魔法は、万能ではない。科学と魔法、どちらが便利なのかは、時と場合によった。

 魔法は、魔力を持つ者にしか使えない。例えば農家が作業を魔法で構築したとして、後継者が魔法を使えなければ整備できない。いずれは使えなくなってしまう。

 そんなわけで、世の中は基本的に科学で動いていた。しかし、環境に悪い影響が出る時は魔法も検討するべき、と考えられている。


 機関車による大気汚染が問題になってから数年、動力を魔法にできないかが検討されてきた。それが『魔法鉄道プロジェクト』で、ヒューゴはそのチームにいたのだ。

(俺がいた頃、魔法鉄道は一般客が魔力に当てられる『魔法酔い』がネックになって、長時間の運行ができなかったんだよな)

 そこをクリアして、いよいよ試運転にこぎ着けたのだろう。

 ちなみに、魔法使いは移動魔法を使えば瞬間移動できるが、魔力を持たない人間は同じ方法では移動できないのだった。


 記事を最後まで読み、ふと顔を上げると、マチルダが彼をじっと見ている。

「……何だ」

「あ、ううん。ヒューゴがインフラ庁に就職するって聞いたとき、向いてるー! って思ったのを思い出して。……もうしばらくいても、よかったんじゃ」

 言いかけた言葉を、ヒューゴは遮る。

「ここでも似たような仕事してる。旧王都の魔法設備をいじるのは楽しい。俺は満足だ」

「そ、そうだよね、ごめん」

 マチルダはうつむいて、ミルクを飲んだ。


(いやその、本当に、俺は満足してるんだって! 心配しなくて大丈夫だから!)

 ヒューゴは内心悶絶しながら、朝食を口に運ぶ。

(元々、社会でしばらく働いたら、親父が校長をやってるみたいにガーデールにかかわって生きていくつもりだった。それが少し早まっただけだし、マチルダと一緒に働けるなんて思ってもみなかったし、ていいうか親父にマチルダの身元引受人になってくれって頼んだのは俺だけど、まさか一つ屋根の下で暮らすなんてそんな幸せな)


「んぐっ、げほごほっ」

「わ、大丈夫?」

「お、おう」

 ミルクを飲んで一息つきながら、ヒューゴはこっそり思う。


(……マチルダはショックだっただろうし、あの件(・・・)はまだ解決していない。マチルダに浮かれた様子なんか見せるなよ、ヒューゴ!)

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[気になる点] ヒューゴの「~かよ」という自分への突込みですが、心の中の声とはいい日常で貴族が使う言葉ではないと思います。 日本の若者言葉をそのまま文章に入れるのは後に見返すと廃り言葉となってしまいま…
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