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3 魔法杖の修理は卒業生ギルド会館へ

 黒い鉄の輪の看板には、マジックスタッフ模様のステンドグラスがはまっている。

 購買部の目印だ。


 その看板の下、シャランシャランと馬蹄型のチャイムを鳴らして、男子学生が入ってきた。板張りの床がコトコトと鳴る。

「あの……」

「おお、新入生ね。どうしたの?」

 マチルダが話しかけると、彼はおずおずとマジックスタッフを差し出した。

「魔石、割っちゃって……」


 学校で使うマジックスタッフは、初心者用だ。学生の身長より拳二つ分ほど長く調整してあり、お尻の部分が枝分かれしていて、その枝が魔石を包むように絡みついたデザインになっている。

 石は、学生が元々持っている属性を強め、魔法を使いやすいように手助けする効果があった。本職の魔法使いは、仕事でよく使う属性を魔石に付与しておいたり、属性も複数入れたり、自分でカスタムする。


「どれどれ。ありゃー」

 スタッフを受け取ったマチルダが確認すると、枝の中の石に大きな亀裂が入っているのが見えた。色がついていたはずだが、透明に戻ってしまっている。付与されていた属性が抜けてしまっているのだ。

(毎年、一人か二人はいるんだよね。魔石を割る子) 

 習いたての魔法を使ってみたくて、注意を怠った状態で発動させたのだろう。しかし普通は、他にもいくつかの条件が揃わなくては、魔石が割れるほどの負荷はかからない。

 それでも割れてしまったのなら、この学生は相当、魔力が強いのだろう。

(うん、有望有望。力の使い方さえ覚えれば、ね)


 富める者も貧しい者も、魔力持ちはしかるべき場所で魔法を学ぶ必要があるため、最初の魔法学校創立と同時に基金が作られた。

 それ以来、卒業生有志――魔法で大成功した個人や、魔法に理解のある有力者など――の寄付によって運営され、誰でも三年間、無償で学べる。制服やマジックスタッフなども提供される。

 国の援助を受けないのは、戦争が起こった時に利用されるのを避けるためだ。


「了解、石を交換するね。無料だけど、次からは少しお金がかかります。割れちゃうのは仕方ない部分もあるんだけど、魔法を使う時は慎重にね」

 マチルダは言いながら、学生をカウンター横の台のところに連れて行った。大理石の台には星形の模様が彫られ、それぞれの頂点に色の付いた石が埋まっている。

「ここに手をかざして」

 うながすと、学生はおそるおそる右手をかざした。その上からマチルダが手をかざすと、黒い石から上に向かって光の筋ができた。

「土属性が強いのね。魔石、明日までに用意するから、放課後に取りに来てくれるかな。割れた石はこちらで引き取ります」

「え、もらえないの?」

「魔石は貴重だからね。割れてしまっても、他の魔法道具にリメイクして、学校全体で大事に使っていくの」

 マチルダは説明する。極端な話、魔石は粉々になっても使い道があった。

「ガーデールにある道具や設備はみんな、先輩たちが大事に使って、後輩たちに残してきたものなんだよ」

「そっか。わかりました。じゃあ、明日、来ます!」

 少年は納得してうなずき、出て行った。


(ふふ、素直でいい子だなぁ)

 マチルダが見送っていると、今度は五年生の女子が駆け込んできた。髪を何本もの三つ編みにし、目の縁に変わったペイントをしているオシャレな子だ。

「マチルダ先輩ヤバい、魔法薬学の素材が揃わない!」

「ええ!? ちょ、試験って明日じゃなかった?」

「だって、バリャのつぼみなんて手に入らないし! 秋バリャ、もう咲きまくっちゃってるもん!」

「夏休み中に集めておくように言われてたはずだよっ、全くもう。ついておいで!」

 マチルダは軽く集中し、

『受付お願いします!』

 と購買部の人々に魔法で声を届けてから、学生とともに外に飛び出した。


 建物からある程度離れたところで、二人同時にマジックスタッフを伸ばし、飛び乗る。建物の近くで飛ぶのは、衝突の危険があるため禁止されていた。

「ワンチャン、北側の森なら咲くのが遅いから、見てみよう!」

 空に舞い上がりながらマチルダが言うと、学生が目を丸くする。

「先輩、詳しいじゃん!」

「私も薬学取ってたからね」

「それって、先輩もギリギリで探しに行ったってこと?」

「言わないでっ」

 学生の笑い声とともに、二人のスタッフは北に向かって飛んでいった。


 購買部は、夜の九時に閉まる。

 マチルダは外に出ると、魔法で施錠した。そして、外階段を上っていく。

 円形会館の外壁にはツタや木の根が這い、屋上が庭園になっていてこんもりと木が茂っているので、まるでギルド会館が一本の巨大な木のようだ。


 三階の扉を開けて中に入ると、そこは魔法道具の工房である。煉瓦の壁の工房には様々な道具がずらりと並び、その合間に通路がある、という感じだ。

「おやぁ」

 奥で顔を上げたのは、白髪を頭のてっぺんでお団子にした老婆だ。

「こんばんは、グローリア先輩」

「こんばんは、マチルダ」

 しわの深い顔で微笑むグローリアの横には、昔ながらのホウキが立てかけてあった。

 ここ五十年ほどで、「いつ飛ぶ必要があるかわからないのにホウキを持ち歩いたり、ホウキを呼び出したりするのは面倒」という空気になり、色々と仕込める魔法杖(マジックスタッフ)を伸び縮みさせて使うのが主流になったが、グローリアはホウキの方が落ち着くらしい。


「マチルダは、魔石の交換かい」

「はい」

 うなずきながら、マチルダはグローリアに近づいて手元をのぞき込んだ。

 鉄の釜の中で火魔法が渦巻いており、金属の固まりが艶めいた光を発しながら、じわじわと形を変えているところだ。

「金具? にしてはずいぶん大きい……何ですか?」

「いや金具だよ、ただし大鐘のね」 

「大鐘の!」

 入学式が行われた大講堂の上に、鐘楼がある。大きな金色の鐘が取りつけられていて、校舎の時計塔と魔法連動しており、正午に鳴る。 

「あの鐘楼も、というか大講堂も、古い建物だからねぇ。危険な場所は少しずつ修理しておかないと」

「そういえば、用務員さんが温室の水まわりを修理してましたよ。どこだかの廃墟が崩れたせいで、そっち方面から水を引いてた魔法が壊れちゃったから、作り直すって」

「直し直し、大事に暮らしていくしかないねぇ」

 古い歴史のある旧王都は、魔法使いたちによって常にメンテナンスされているのだ。


 マチルダは、奥の棚の箱から透明な魔石をひとつ取り出してくると、いったん外に出た。この石に土属性を付与するには、やはり土に触れている方がやりやすい。

 階段を下り、マチルダは地面に降り立った。


 指先に魔力を込め、石の表面に【土の紋章】を描く。その石を地面に置き、自分のスタッフを伸ばして、両手で縦に構える。

 スタッフの先を石に向け、呪文を唱えた。

『土の精霊オティエイシェルたちよ、大精霊となって、その力の欠片をこの石に宿らせたまえ』

 精霊たちは、この世界のありとあらゆる場所に存在する。そして彼らが寄り集まることで、一つの大きな存在になって力を振るうことがある。それが、大精霊だ。

 徐々に、このあたりの土の精霊たちが集まり始めた。マチルダが魔力で誘導すると、石に力を込めてくれる。

 天の星が動き、時間が過ぎていく。

 マチルダはタイミングを見計らって、スタッフを右手に持つと、その先端で空中に大きく【天の紋章】を描いた。

『天に御座(おわ)すディエイグよ、この石に祝福を』

 ひゅっ、と、まるで流れ星のように空から光が降ってきた。天属性の魔法は、まるで神に祈るような呪文を唱えるのだ。

 天の大精霊ディエイグだけは、小さな精霊の集合体ではなく、元々この世界を包む大きな一つの存在であると言われている。

 光はまっすぐ魔石に落ち、ぽわん、と石に光をまとわせた。

 やがて光が収まると、魔石は黒くなり、土の属性を石の中に保った状態になった。真っ黒というより、色の濃い琥珀のような感じで、透明感がある。


(できあがり。これをスタッフに仕込んで、明日あの子に渡そう)

 マチルダは魔石を拾い上げると、持ってきた布でキュッキュと磨き上げながら、ギルド会館に戻っていった。

次回、ヒューゴ視点入ります。

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