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1 魔法学校購買部のマチルダさん

 重厚な扉の向こうから、大きな気配が近づいてくる。

 マチルダは、青く光る魔石のついた魔法杖(マジックスタッフ)を握りしめ、鋭く言った。

「来ます」

 横に並んだ魔法使いたちが、それぞれのスタッフを構えながら口々に答える。

「了解」

「皆、準備はいいな」

「いつでも!」

「よし来い!」


 バン! と、両開きの扉が開いた。

 黒いローブを身にまとった群衆が、雪崩をうって溢れてくる。

 マチルダは、青い魔石がよく見えるようにスタッフを高く掲げ、声を張り上げた。


「はい水属性の人はこちら! 青ですよ青!」


 わっ、と彼女に殺到したのは、まだ十歳ほどの子どもたちだ。

「僕、水属性!」

「わ、わたしもっ」

「はいはい、並んで! 順番!」

 子どもたちを一列に並ばせつつ、マチルダはスタッフを先頭の男の子の目の前にトンと立てた。彼とスタッフを見比べながら魔力を込める。

 スタッフはにゅにゅっと伸び、男の子の身長より拳二つ分ほど高いくらいになった。

「わぁ、伸びた!」

 目を輝かせる男の子に、マチルダは説明する。

「身長に十セーム足したくらいの長さが使いやすいからね。そのうち自分の魔法で調節できるようになります。はい、魔石に向かって名前を言って」

「フランク!」

 スタッフの魔石がポワッと光り、男の子の名前を記憶した。

 マチルダは微笑みかけながら、スタッフを渡す。

「これで、このスタッフはあなたのものです。ガーデール魔法学校にようこそ。次はあっちで教科書を受け取ってね!」

 新入生のフランクはスタッフを両手で握りしめ、あたふたと示された方へ走っていった。マチルダはあわてて彼の背中に声をかける。

「スタッフは立てて持つ! はい次の人!」

 背後の箱から新しい水属性スタッフを取り出すと、次の女の子の身長に合わせて長さを調節してやる。

「私、風属性がよかったー」

 彼女は、隣の列で渡されている緑の魔石つきスタッフを、横目で見ている。マチルダは安心させるように言った。

「二年生から選択授業で取れるよ。最初は向いてる属性の魔法からね」


 旧王都ガーデール魔法学校は、全寮制の学校だ。

 人はだいたい十歳から十二歳くらいで、身体に魔力を取り込めるかどうか──つまり、魔法を使う素質があるかどうかがわかる。取り込める者は、最低三年間、魔法学校に通う義務があった。魔法を悪用しないよう、基礎的な魔法とルールを学ぶ必要があるからだ。

 卒業試験に合格すれば、魔法免許証がもらえる。免許を取らずに魔法を使うと、懲役もしくは罰金である。

 義務教育の三年間は無償。もっと学びたい者は授業料を払えば、さらに三年間学ぶことができる。援助金は出るし、専門的な仕事への就職率が高くなるので、余裕のある家庭の子は延長することが多かった。


 秋。

 大講堂で入学式が行われた後、学校の購買部がこの玄関ホールにブースを作り、新入生たちに必要なものを渡すことになっていた。

 属性ごとに五つの列ができ、マチルダを始め数人の購買部職員がマジックスタッフの調整をしている。次々と質問が飛び、大声を出さないと聞こえないほど賑やかだ。

「はい、名前をどうぞ」

 マチルダは女の子の名前を魔石に記憶させ、スタッフの説明をし、持ち方を教える。

「ガーデール魔法学校にようこそ。次はあっちで教科書をもらってね」

 女の子はマチルダの胸の名札を見ると、にこっと笑った。

「こうばいぶの……まちるださん。ありがとう!」

「どういたしまして」

 笑顔で彼女を送り出すと、マチルダは振り向いて「次の人!」と声をかけた。


 次々と新入生にスタッフを渡し、もう少しで捌き終わるという頃。

 ふと顔を上げたマチルダは、玄関ホール入り口近くにいた人物の視線に気づいた。

 教師のヒューゴだ。いつも無表情、今日も無表情。長めの黒い前髪からのぞく紫色の瞳が、クールな光を湛えてマチルダを見ている。

 彼はスッと視線を逸らすと、落ち着いた口調で新入生たちに声をかけた。

「男子はこちらに集まれ」

 わらわらと新入生が集まってくると、ヒューゴは全員を見渡した。

「俺はヒューゴ、魔法構築学という授業を担当する。全員、スタッフと教科書は受け取ったな? では男子寮に案内する」

 そのまま、彼は新入生をずらずらと連れて外へと出て行った。


(…………)

 何となく見送っていると、声をかけられた。

「マチルダ」

「あっ、はい!」

 振り向くと、火属性スタッフを担当していた購買部の部長だ。

「ここはもういいから、先に購買に戻ってて。新入生たちはちょっと落ち着いたらすぐ、あれを忘れた、これが足りないって買いにくるから」

「ですよね、わかりました!」

 マチルダは小走りに、玄関ホールから外へ出る。ローブの胸ポケットから短いスタッフを引き抜き、軽く振ると、スタッフはたちまち二メームくらいの長さになった。虹色の魔石がきらめく。

「よっ」

 ポン、と柄に横座りして魔力を込め、加速する。

 マチルダを乗せたスタッフは、地面の落ち葉を吹き散らしながら空に舞い上がった。ピンクベージュの髪が、涼しい風になびく。


 眼下に、旧王都ガーデールの美しい景観が広がった。

 たった今出てきた大講堂は、かつては修道院だった建物だ。そこから紅葉した街路樹に縁取られた坂道が続き、新入生たちの列が坂を降りていくのが見える。彼らはそれぞれ、男子寮と女子寮に向かっていた。

 寮は、旧王都を守った二つの騎士団が使用していた、古い建物だ。明るい赤の旗が翻る男子寮は『ティールハウス』、濃い緑の旗が翻る女子寮は『ラーグハウス』。寮生たちは、自分たちのことを誇りを込めて『ガーデール・ナイト』と呼ぶ。

(今ごろ、上級生たちが楽しみに待ち構えてるだろうな)

 微笑ましく思いながら、マチルダは寮の上空を通過した。

 敷地の中央には三階建ての大きな建造物が鎮座し、東西にその両翼を広げていた。旧王都の王宮だ。学生たちの授業はここで行われる。

 中央棟には時計塔がそびえ、王宮脇の研究棟や図書館など、数々の建物を見下ろしていた。


 かつて栄華を誇った旧王都は、災害による遷都をきっかけに放棄され、時とともに緑に埋もれて陸の孤島となった。

 しかし、城壁の内側だけは魔法学園として生き残り、今も大事に整備されている。

(隔絶された場所だもの、勉強・研究するにはもってこいってわけよね。そんな中で楽しみを見つけるのが、なかなか大変なんだけど!)

 数年前までここで学んでいたマチルダは苦笑いし、そしてハッとした。

「そうだ、棚出しが間に合わなかった荷物があるんだった! 早く並べなきゃ」

 学生寮(騎士団棟)と校舎(王宮)の間にある、『卒業生ギルド会館』と呼ばれる円形の建物。そこの一階が購買部だ。魔法学校の卒業生が所属する特殊ギルドで運営されているからである。

 マチルダは、スタッフを急降下させていった。

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