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短編(和もの)

耽溺

作者: 月鳴

スポーツマンのヤンデレを書きたかった。書きたかっただけです。

 人より自分が優れているとは思っていなかった。ただ与えられたものを訥々とこなしているうちにそれが勝手に周囲から評価されていっただけのことだった。

 水泳という競技に特別な思い入れはなかった。一人で黙々とトレーニングをして、わずか零コンマ何秒の世界をひたすらに追い求めていく。その孤独な作業が自分にはなんというか、丁度よかった(・・・・・・)

 ひとり競技とならば陸上という選択肢もあったが、風を切る感覚よりも音も光も遠くになる水の中のほうが俺は好きだった。水の中にいるときは誰の目線も気にせずにいられる。そのくらいの認識だった。

 勝手気ままとは聞こえが悪いが心持ちとしてはそんなもので、好きにやっていることを他人が過大に評価していくのはなんとも奇妙な光景に見えた。

 俺のスポーツマンとしての人生は図らずも順調そのものだった。


 高校三年間、国体の自由形百メートルの花形選手として表彰台にのぼると各大学からのオファーはひっきりなしにやってきて、オリンピックの強化選手にも選ばれた。

 国内では自由形は花形選手扱いだが、国際的に見れば海外選手と比べて骨格的に劣る日本人選手が注目されることはほとんどなかったにも関わらず俺のトレーニングや大会には海外からの関係者が訪れるようになっていた。

 国内外問わず他人の目を集めるほどになっても俺のスタンスは変わらなかった。むしろ視線が集まれば集まるほど俺は水の中に逃げ込むようになっていった。

 次のオリンピックでは金メダルを狙える存在。

 そんなふうに取り沙汰されることが多くなった。テレビやメディアの取材も増えたが、反動でますます孤独を求め泳ぎに打ち込んだ。

『そのモチベーションはどこから来るのですか?』と雑誌記者に聞かれたとき、この取材のフラストレーションを発散するためです、とも思ったが流石に仕事としてやってきている相手にそんなこというほど子供でもなかった。

 なので適当に「応援してくれる人たちのためです」なんて言ったらインタビュアーはひどく感動したように握手を求めてきたりした。

 馬鹿にするつもりはないがジャーナリストとしてそんなにチョロくて大丈夫なのだろうかと思いつつ、余計なお世話にもほどがあるのですぐに忘れた。


 周囲には俺はストイックにトレーニングをしているように見えたらしい。たまには休養も必要だと言われたけれど、むしろ水の中にいるほうが俺にとってはストレスがなかったから気が付かなった。

 俺の精神に反して、身体のほうは悲鳴を上げていることに。


 肩の故障。完全にオーバーワークが原因だった。

 コーチやマネージャーなど関係者は口をそろえて「リハビリをして少しずつ改善していこう」と言ったが、そのリハビリは年単位の時間が必要で、 主に行う訓練も陸上でのストレッチや整体によるもので水を使うものは多くなかった。

 泳げないのなら意味がない。

 日常生活に支障がない程度に回復すると俺はすぐさま引退を表明した。水中は好きだったが、競技自体に未練はなかったのでその結論はあっさりと自分の中で決まった。けれど思っていた以上に周囲から反対され、それを押し切り強引に事を進めるとその影響で周りにいた人間はほとんどいなくなり、選手をしていたときよりも静かになったのはまさに皮肉というか、ある意味怪我の功名と言ったところか。

 そんな俺を何も知らない第三者たちはいろんな目で見た。

「選手生命を絶たれ、周りからも見放された可哀想な人」

「調子に乗っているから痛い目を見たんだ、ざまあない」

「大きな期待が掛かっていたのに残念だ。がっかりした」

 どうでもいい人間からの勝手な評価。何をしても何をしてなくても付き纏う余計なものたち。それらから遠ざかりたくて泳いでいたのに。

 大事なものを取り上げられた子供のように、俺は心のやり場を失っていた。


「センパイ」


 それは大学で出会った競泳部のマネージャーだった。白瀬ほのみ、一学年後輩で本人も高校生までは競泳選手だったらしく、選手の気持ちに寄り添ったマネジメントが評価されていた。

 俺は正直トレーニング後のケアをあまり重要視しておらず、関わりも少なかった。だから怪我をするんだと俺を笑いにでも来たのだろうか。

 だがそれほど俺は彼女のことを知らないし、逆を言えば彼女だってわざわざ引退したやつに悪態をつきに来るほどの因縁はなかったはずだ。いったいなんの用で俺に声をかけてくるのだろう。

 そんな疑問が顔に出ていたらしい。彼女はちょっと眉を寄せて困ったように「すみません、」と一言置いた。


「ほんとうに引退されてしまうんですね」


 それは誰とも違う言葉だった。

 本当に辞めるのかとは何度も問われた。

 ここで辞めるなんて勿体ない、まだなんの結果も出していない、これから後世に名を残すことだって出来るかもしれないのに。

 たらればを繰り返しても意味は無い。本人がそれでいいと納得しているのに関係の無い外野があーだこーだというのは苛立ちを通り越して不思議だった。自分のことでもないのによくそんなに熱中出来るもんだと冷めた目で見ていたことも認める。

 ただ、彼女はその誰とも違って、俺の意志を尊重してくれているようだった。


「まあな」


 引退を決めてからこんな風に素直に答えるのも久しぶりだった。自分が口を開く前からワーワー言われ、そのまま口を閉ざしてしまうことが多かったから。


「これからどうするか決めているんですか?」

「普通に就職して、それなりの歳になったら結婚して、普通に生きていくかな」

「そうですか。さみしくなりますね」

「どうして君が? 接点などあまりなかっただろう」

「そうですね。センパイはケア担当に女子マネは絶対呼びませんでしたもんね」

「年頃の女子を裸の男に触れさせるのはどうも気が進まなくてな」

「センパイなら女マネ一同全員喜んでやったと思いますけど」

「そうか? 俺は他のやつよりいかついし、口数が多い方でもない。やってて面白くないと思うがな」


 他の選手たちとマネージャーらが和気あいあいと練習後のクールダウンを済ませているのは横目で見ていた。人付き合いを煩わしいと思うたちの悪い俺からすれば理解は出来ないが、そういう方が一般的には好まれるだろうに。


「だってセンパイはエースでしたから。そういう意味でも人気ものでしたし」

「……一番記録が良かったのは認めるが、人気はないと思うぞ」


 人に好かれるタイプでないことは承知している。有名になればなるほど人は集まれどいつも向こうの期待に俺が沿わないとわかれば勝手に去っていくのだ。だから俺の周りにはいつも人がいるようで、俺と他人との距離はドーナツの穴みたいに、絶対塞がらない溝があった。


「センパイがここからどこまで行くのか見ていたかったな」


 ぽつりと放り出された言葉は俺に向けたものではなかったようだ。彼女の視線はこちらに向いておらず、その先の、もはや叶うことの無い未来を見ているようだった。


「でもセンパイはたぶんどこに行っても普通とは違う世界で生きていくことになると思います」

「どういう意味だ?」

「センパイがどういう風に周りを見ているのかは私にはわかりませんけど、周りがあなたを普通の人だと思って見ていないから」


 なんとなく、彼女の言う通りなのだろうな、と思った。自分が自分を特別に思えないのは周りを見ていないから。その周りをよく見ている彼女がそういうのならきっとそうなのだ。そしてその周りと同じように俺を見ていることもわかった。

 俺はいつの間にか自分が特別視されていることに慣れてしまっていたらしい。

 誰もが俺の挙動に注目して、あれこれと口を出したり手を出したりされるのがあまりにも日常になっていた。だが彼女は俺の曖昧な将来設計に口を出すこともなければ、俺が手放した地位について惜しむ素振りもなかった。

 その突き放すような距離感がむしろ心地よかった。

 まるで、水の中に置いていかれるような冷たさ。

 ふと、俺が追い求めていたものはここにあったんじゃないか、とそんなことを思った。


 引退を決めて、俺はすぐさま就職活動に切り替えた。もう四年になっていたし、周りからは一足遅れのスタートだったが特に欲を出さずやっていたらそれなりの企業に内定が決まった。アピールポイントはまあまああったしここまで続けた競泳も無駄ではなかったようだ。スポーツ系の企業でもないのに自分の顔と名前を知っている面接官がいた時はかなり驚いた。

 まだ国際大会で結果を出したわけでもなかったのに不思議に思いながらも彼女が言っていた俺はどこに行っても普通には見られないだろうという言葉の意味を実感を持って知った。


 それから変わったことといえば、もうひとつ。

 俺はあの邂逅から、キャンパス内を歩くたびにふと彼女を探すようになっていた。気がつくと視線が辺りをさまよっていて、それから自分が無意識に彼女を探していると自覚する。それを何回か繰り返して、ようやく自分が彼女に惹かれているのだと気がついた。

 自分以外の誰かをこんなに気にかけることがあるのかと己自身すら驚いたが、その感覚は今まで自分が水の中に向けていたものとなんとなく似ている気がした。

 平穏と静寂。彼女は居心地のいい冷たさを持っていた。ほどよい距離感で、詮索をしない静かな言葉。水に揺蕩うようなやわらかさとある種の無関心さ。

 ふつふつと心が沸き立つ。あれを自分のものにしたいという欲求に。

 だんだんと温度を上げる欲望にあっという間に飲み込まれてしまいそうだった。



「白瀬、これあげる」

「えっ?」


 彼女は突然手のひらに転がされた男性用スポーツウォッチを見て戸惑いの表情を浮かべた。それは当然だと思う。電撃的に引退した俺が部に向かう前の彼女の前にいきなり現れたのだから。俺は素知らぬ顔でその白い細腕を取った。


「俺にはもう必要ないし、どうせなら君に使ってほしくて。ああ……やっぱゴツイな、これ。別に使わなくてもいいけど」

「あの、いや、でも時計なくてセンパイは困らないんですか?」


 彼女の手首に擦り合わせるように黒いベルトを這わす。女性も付けられるユニセックスなデザインではないことは持ち主の俺が一番よく知っていた。


「ああ、俺はこれ買ったから」

「それって……すまーとうぉっち、ですか?」

「そう。完全防水なのはもう必要ないし、こっちの方が便利じゃん? だからあげるよ」

「は、はぁ……センパイがよろしいんでしたら」

「使い古しで悪いけどね。ほかのやつにあげるにはなんとなく縁起悪いだろ? 故障したやつが使ってた道具なんてさ。や、まあだからって訳でもないんだけど」


 ベルト穴は三つ分余裕があってきゅっと締めたはずの手首には隙間があった。そのまま気取られないように彼女の指先を取る。室内競技者特有の青白い肌と薄い爪が無防備に晒されている。彼女の手はひんやりと冷たかった。


「ふふ、それなら私にはちょうどいいですね」

「どうして?」

「私も故障選手でしたから」

「……ああ、そうだったな」

「あれ? ご存知だったんですか」


 俺が自分の失言に気付くと彼女は意外そうな顔をした。ご存知も何も俺が唯一知っていた彼女の情報だった。


「前に誰かに聞いた気がする。ごめん、デリカシーなかった。そんなつもりじゃなかったんだ」

「わかってますよ。センパイがそういう人じゃないことくらい」

「ほんと、スマン」

「いいですって」

「お詫び、ってことで今度メシ奢るよ」

「えっ! いやそこまでしてもらうことないですから」

「頼む、申し訳ないけど俺の罪悪感に付き合ってくれないか」


 握ったままの指先にくっと力を入れる。ほんの少し、彼女の気がそこに集まるように。それから正面にある瞳をじっと見つめる。


 君の目には俺がどんな風に写っているのだろう?


「そんなふうに言われたら断れないんですけど……」

「じゃ行こう。連絡先教えてくれるか?」

「はい。ちょっと待ってくださいね」


 困り顔を俯けながら彼女はスマートフォンを差し出した。白い飾り気のないスマートフォンは彼女の清潔さを写すようにきらめくと俺の黒くて存在感のあるスマートフォンとの情報交換を終える。

 考えすぎだとはわかっているが、彼女と俺そのもののように見えて少しだけ背筋が震えた。



 彼女と会う店は人伝に聞いた学生の少ないレストランにした。ほどよい人々のざわめきと控えめなBGMが流れる店内はゆっくりと話すのに向いている。彼女も飲めると言うので白ワインで乾杯した。今まで機会がなかったのでほとんどアルコールは飲んでこなかったが、馴染みのない俺にも口当たりの良いワインだった。


「就活どうでした?」

「ああ、なんか周りが言うほど大変じゃなかったな」

「そりゃあセンパイならそうでしょうとも」

「どういうこと?」

「国体覇者で競泳界一の有望株、性格はストイック、余計なことは口にしないけど誰に対しても公平で決して自分に驕らない」

「へぇ、君はそんなふうに俺を見てたのか。競泳の部分は『元』だけどな」

「それが私だけじゃないから、就活もすんなりと決まったんですよ」

「……なるほど?」

「私は今から心配なくらいなのに」

「君はどんな就職先を希望してるんだ?」

「スポーツに関わるマネージメントか、ケア方面で考えてます。一応スポーツトレーナーの資格や整体の勉強もしてて、マネジメントは経営学科の友人からアドバイスをもらったりしてます」

「かなり具体的なんだな」

「自分が大学でやってきたことを無駄にしたくなかったので」


 照れ気味に笑いながらも、その目は力強く輝いていて純粋にすごいなと思った。

 俺は今までずっとあるがまま、なすがままでここまで来た。だから手にあったものを手放すのも惜しくなかったし無念にも思わなかった。だが彼女は自分のやってきたことに誇りと自信を持っているし、それを手放さなければならなくなった時、惜しいと思うことのできる人間なんだと思った。俺なんかとは違う。自分自身の輝きを持つひと。

 俺も、そんな彼女の「手放すには惜しいと思うもの」になりたい。



 それから彼女とは何度か食事をするようになった。仲間以上恋人未満と言ったところだろうか。正直アプローチの仕方などわからないが、そろそろ次の段階に踏み込みたいと思い始めた矢先。


「……ふふ、そうなの?」

「ああ、参っちゃうよな。あの教授いつも無茶ぶりしてくるんだから」

「わかるわかる。私も時々それに当たっちゃって」

「まじでー? あれホントに困るんだよなぁ」


 彼女が知らない男と楽しそうに会話をしている。俺も見たことない明るい笑顔で、気安い口調で俺の知らない話をしている。そんなあって当たり前の光景を見て俺は頭がおかしくなりそうなほどの怒りを覚えた。

 頭にかっと勢いよく血が上る。

 胸が張り裂けそうに激しく脈を打ち始める。

 目の中でチカチカと光が点滅している。

 信じられない強さで食いしばった歯からギリギリと耳障りな音がする。

 バキバキと音がして、気がつくと持っていた空き缶を握りつぶしたせいで、怪我をしたようだった。

 ドクドクと血が流れていくのに痛みは感じない。

 感情に思考が流されていく。

 本能が理性を殺していく。

 彼女の気持ちを得るよりも、彼女そのものをまず手に入れる方が簡単なのにと悪魔が囁く。

 なんて俺は生ぬるいことをしていたのか。

 笑いだしてしまいそうだった。

 せっせと近づいて愛想を振りまいてそれで何になる?

 彼女にとって俺はただの壊れた人形くらいのもの。

 今の俺は注目を浴びる競泳のエースでも部の先輩でもなくなった、大学でよく会う他人でしかない。

 そこらの有象無象と俺の何が違う?

 変わらないんだ、俺の価値は。


 なら、彼女が捨てたくても捨てられないものになるしかないじゃないか。



 彼女を呼び出して、強引にでも手に入れる。そんな計画を立てていた矢先のこと。彼女から教えてもらいたいことがあると、大学に併設されている図書館に呼び出された。

 これは都合がいいと俺は意気揚々としてそこへ向かった。

 彼女が待っていると言ったのは、蔵書として納められているもののこの大学にはない科目の図書が集められたところで、当然ながら需要がないので人も滅多に来ないデッドスペースのようなものだった。


「待たせたか?」

「いいえ、待ってないです」


 いつもはパンツ姿の多い彼女は珍しく丈の短いひらひらとしたワンピースを着ていて、見慣れないその姿に目を奪われる。涼しげで透明感があって彼女の魅力が最大限引き出している出で立ちだった。そうでなくても人目を引くというのに、花盛りのような格好をして、俺を試しているのだろうか。


「珍しい服を着てるんだな」

「えっと……はい。たまにはこういうのいいかなって」

「そうだな、似合ってる」


 ――見た男を全員殺したくなるくらいに。

 俺が物騒なことを考えているとも知らずに彼女は褒められて嬉しそうに笑っている。無防備すぎて頭がおかしくなりそうだ。


「あの、それで、今日呼んだのは……」

「ああ、俺に聞きたいことがあるんだったか?」


 彼女はゴクリと喉を鳴らす。その喉元にかじりつきたくなる。欲望がどんどん加速していく。


「さ、最近、センパイとよく会うようになったじゃないですか」

「そうだな」


 俺がお前に会いたくて、何かにつけて呼び出してはそばにいる機会を増やしていた。その視界に入りたくて、少しでも俺のことを考えて欲しくて。くだらない用事でもささやかなきっかけでも全部全部利用した。


「それで、あの……私」


 言いにくそうに彼女が躊躇う。少し影の差した表情には、どんな意味が込められているのだろう。

 迷惑、だったと言われたら。心做しか嫌そうな顔にも見えなくもない。彼女はいつも二つ返事で快く承諾してくれていたから考えもしなかった。その裏で何を考えていたかなんて。


 ――それでも俺は。


「……悪いが、君の好きにはさせられない」

「……え?」


 白くて細い手首を掴むと、俺は俯いた彼女を引き上げるようにしてキスをした。


「えっ、……えっ!?」


 唇を離すと顔を真っ赤にして狼狽えている可愛い兎がいる。またそんな顔をしてたら、痛い目に合うとわかってるのだろうか。


「んっ、んんぅ……! っは、センパイ!!」

「なんだ? 悪いが拒否は、」

「なっ、なんでキス、したんですか?!」

「君が好きだから。君は俺のことなど好きじゃないんだろうが、もう遅い」

「へぇっ!? あ、ああ、あの、私が好き!?」

「ああ。……気づいてなかったのか?」

「気づいてなかったというか、そう、だったらいいのにな、とは思ってましたけど、まさか私なんてセンパイが好きになるわけないよなって、だから今日こそ、私のことを弄ぶのはやめて欲しいって頼むつもりで……最後になるなら可愛い格好してもいいかなって……!」


 ――ん? 今彼女はなんと言った?


 なんだか思っていたのとは違う反応が返ってきた。


「その可愛いの、俺のため?」

「はい……」

「顔が真っ赤なのは、俺のせい?」

「はい…………」

「君も俺と同じ気持ち?」

「は、はい…………」

「じゃあ、ちゃんと言って」


 可愛い白うさぎは、誰もいないのに辺りをキョロキョロと見回して、それから俺の胸に身体を寄せ耳元で小さく囁いた。


「……わたしも、好きです」


 どうやら俺は余計なことをせずに済んだようだ。彼女の心も体も手に入るのなら、わざわざ彼女が傷つく方法を選ぶ必要も無い。

 彼女の俺より一回り小さな手をぎゅっと掴んで目の前の首元に齧り付いた。


「痛くしてごめんな」


 痛みに呻いた彼女の首にはくっきりと俺の歯型が付いていた。


 ――これで、お前は俺のものだ。


 その跡に満足した俺は彼女に上目遣いで睨まれてもなんにも怖くなかった。むしろもっと食べたくなってしまい彼女を更に困らせることになるのだった。


お読み下さりありがとうございました。

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