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出発の朝

 夜明けと共に目覚めました。すっきりとした目覚めです。リリーがベッドの片隅で苦しそうな顔つきをして眠っています。ごめんなさい。ベッドを半分ずつ使う約束で寝たのにいつの間にか私が真ん中で寝ていました。


 布団の中からそっと抜け出すとリリーがころんと寝返りを打ちました。すやすやと規則正しい寝息を立てています。出立の挨拶をしたいですが起こすのはかわいそうです。

「お世話になりました。行ってきます」

 とひっそり呟きました。手早く服を着ます。シスターズのベッドのうち二つほどは既に毛布が畳まれていました。カバンを抱えて廊下に出ます。朝の空気が爽やかです。


 食堂の方向から焼きたてのパンの香りがしてきます。朝餉の仕度をしているのでしょう。


 シスターマリアに会うため食堂へ行きます。そこで紹介状を頂けると聞いています。数人の修道士がテーブルに食器を並べていました。そのうちの一人が私に気が付いて奥の扉に向かって声をかけます。返事がありシスターマリアが扉を開けて顔を出しました。


「おはようございますシスターマリア」

「おはようございますセイラ。昨夜は良く眠れましたか?」

「おかげさまでゆっくり眠れました」

「それは良かった。さっそくですがこちらがセイラの身分証と修道院への紹介状です。昨夜のうちに司祭様がご用意くださいました。身分証は開いて中を確認してください」


 紹介状は筒状に巻いてあり封蝋で止めてあります。まずはそれを大事にカバンにしまいました。


 身分証は革のような素材でできていました。片隅に穴が開いていて紐を通してあります。紐を首にかけるのでしょう。二つ折りになっていましたので開いて中を見ました。


 身分証

 名前:セイラ

 年齢:16歳

 職業:見習教会職員

 加護:火の神(喪失):風の精霊:水の女神

 賞罰:王立学園第76期生主席卒業:王太子妃候補(破棄):王都追放


 発行:王都商業区水の女神教会


 身分証を見て・・・それはそれは穴が開くほど見て、それからシスターマリアの顔を見て再び身分証を見ました。そして声が震えそうになるのをこらえながら口を開きました。


「あの、身分証に私の知らないことが書いてあるのですが」

「記憶が無いのですから仕方ありません。身分証には教会として知り得た情報を正確に記載しています。なくさないように首にでもかけておきなさい。職業欄の更新は修道院で出来ますから見習の文字が外せるように努力なさいね」


 身分証を持つ手が震えます。


「そうそう、焼きたてのパンを包んでおきましたから持っていきなさい」

 包みを受け取りました、パンの良い香りがします。文字の書かれている紙に包まれていて…これは新聞紙でしょうか?見出しが見えます。…パトリック子爵、横領…


 パトリック子爵は私の父親のはずです。彼の記事が載っている新聞でパンが包まれています。シスターマリアは昨晩の司祭様と私の会話を聞いて記事を探してくれたのかもしれません。見つけてわざわざ渡してくれたのです。シスターの心遣いが嬉しくて鼻の奥がツンと痛くて目頭が熱くなってしまいました。


「お心遣いありがとうございます」

頭を下げると涙がぽたぽたと床に落ちます。《そしてたちまち乾いてしまいました》

一陣の風がスカートの裾をはためかせると床に落ちた涙は乾いていました。

『魔法を使うたびに聞こえていたのは、精霊の声だったんだ』と唐突に理解しました。


 私は一人ぼっちじゃなかった。


 何処の誰なのかもわからなくて、うっかりすると死んでしまいそうで、吹けば消えてしまう灯のような存在だと思っていた私に『知っているよ』と言ってくれる人に巡り合いました。そして近くから精霊の声も聞こえていました。


『生きていけるかもしれない』

 希望が湧いてきました。涙があふれて止みません。


「今日は良いお天気になりそうですね。泣いてはいけませんよ晴れやかな顔で出立なさいな。ほらハンカチで顔をお拭きなさい。ね。餞別としてそのハンカチは差し上げますよ」


 シスターマリアの優しさに涙腺がさらに緩んでしまいそうですが出発しなければなりません。何度もお礼を言ってお辞儀をして教会を後にしました。


 100段ある階段を下りました。振り返ると階段の上に石造りの教会の白く尖った屋根だけが見えています。泣いてしまったので瞼が腫れて重い感じがします。ひどい顔をしているでしょうか。ストールを被りグルグル巻きつけて顔を隠します。それからもう一度しっかり礼をして停車場に向かいました。


 停車場にはチラホラと人が集まって来ていました。早朝なので昨日開いていたお店のほとんどは閉まっていますが、数件の屋台からは良い匂いが漂ってきます。


 三台ほどの二頭立て馬車が並んでいます。そのうち二台は窓やタラップの付いた乗用型。残りの一台は幌の付いた荷車型をしています。御者台にいる人にカンランまで行きたいので乗せて欲しいというと

「そこに案内所があるだろう?切符を買ってきな」

と言われました。


 言われたとおり案内所の窓口で切符を買います。カンランまでの乗車賃は乗用型の料金で銀貨50枚でした。ちょっと高いなと思いましたが護衛代まで込みなのだそうです。荷車型は荷物専用のはずですが人を乗せることもしていて料金は乗用型の半額だそうです。乗り心地は良くなさそうです。迷わず乗車型馬車の切符を買いました。窓口では封筒と便箋のセットも売っていたので買いました。ダース商会のマーサさんに手紙を出すと約束していますからカンランに着いたら使いましょう。シスターマリアやリリーにも落ち着いたら手紙を書きたいですね。手紙を出す相手がいるのだと思うと少しくすぐったいような気持ちがします。不思議ですね。


 切符を握り締めて案内所の近くで待っていると少しずつ人が増えてきました。皆切符を持っています。


「カンラン行、間もなく発車です。乗車される方は切符をご用意の上こちらにお集まりください」

紺色の制服を着たお兄さんが馬車の前で声を張り上げています。切符を握り締めた人たちはぞろぞろと彼の周りに集まりました。

「本日の馬車は三台です。男女別と荷持用になっています。手荷物は膝に乗せるか座席の下に置いてください。大きな荷物は幌付きの車に乗せてください。別料金で承ります。馬車内にクッションは設置しておりません。必要な方は自身でご用意ください。案内所でも販売しております。次に本日の護衛を紹介します」


 馬車の前に6人の若者が立ちました。革鎧を着て丈夫そうなブーツを履き剣や弓矢を装備しています。なかなかに勇ましい出で立ちです。白っぽいローブを着ている女性も一人混ざっていました。紹介されるとこちらを向いて軽く頷いたり片手をヒラヒラさせる人もいますが、欠伸をしていたりクチャクチャと口を動かしている人もいます。護衛の皆さんは自由なようです。


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