加護
シスターマリアに小部屋に連れていかれると司祭様がお待ちになっていました。小部屋の真ん中には腰丈くらいの台座がありその上に子どもの頭程ある水晶玉が乗っています。
「司祭様、お待たせして申し訳ありません」
シスターマリアが頭を下げます
「いや、問題ありません。ところでセイラさん、修道院で働くことを希望されているとシスターマリアから聞きましたがその意思に変わりはありませんか?」
司祭様は聖典を朗読した時と同じ良い声で私に話しかけてくれました。
「はい。働かせてください。お願いします」
「わかりました。紹介状を書くにあたってどのような加護持ちなのか調べなくてはなりません。こちらの水晶玉に右手を乗せてもらえますか」
司祭様に言われるまま手を水晶玉に乗せます。
「水晶玉に魔力が流れていく様子を思い浮かべてください。ゆっくり少しずつ流れていくイメージで」
言われたとおりにしてみます。掌が少し暖かくなり水晶玉がほんのりと輝きました。そこへ司祭様も手を乗せます。
「なるほど。面白い…いや失礼。妙なことになっていますね。だから記憶を失ったのかもしれません」
司祭様はそう言いながら手を放しました。
「もう水晶玉から手を放してもいいですよ。セイラさんが生まれつき持っていたのは風の精霊の加護と火の神の加護の二つだったようです。現在、火の神の加護は痕跡が残っているだけです。代わりに水の女神の加護を得たようです」
シスターマリアが隣で息をのむのがわかりました。なにかまずいのでしょうか?
「生まれ持った加護を失うと死んでしまうと言われています。火の神の加護を失ったものの風の精霊の加護が残っていたために急死することは免れたようですね。しかし体の中の魔力量が多いため風の精霊の加護だけでは魔力に体が蝕まれ、生きるのが困難な状態になるところでした。運よく水の女神の加護を得たことで今はバランスが取れています」
いつのまにか死亡エンドに向かっていたようです。知らないうちに回避できたようですが。
「火の神の加護が失われたショックで記憶が消えたのでしょう。再び火の神の加護を得られれば記憶も戻るかもしれませんが」
司祭様の表情を見る限り火の神の加護を取り戻すという事は難しいのでしょう。それにしても私は何をしでかしたのでしょうか?加護を失うほどの罪など見当もつきません。王都を追放された事とも関係あるのでしょうか?
「私はパトリック子爵家の娘だったようなのですが、何の事件を起こしたのかご存じないでしょうか?」
「教会の中にいると世事に疎いのですよ。知りたいと思うのでしたらそうですね」
司祭様はしばらく考え込みました
「新聞を調べてみると良いかもしれません。書かれていることがすべて真実かどうか分かりませんが事実ではあるでしょう。カンランの街にも王都の情報は伝わります。修道院の活動に古紙回収などもありますから集まった古紙を調べることである程度の情報が得られるかもしれません」
「ありがとうございます。できるなら知っておきたいので調べてみます」
司祭様は柔らかく微笑みました
「明日の朝までに紹介状と合わせて身分証も用意しましょう。もろもろの費用として金貨一枚を頂く決まりなのですが、持ち合わせがなければ修道院で働いて得た給金から少しずつ払っていただいても構いませんよ」
「いえ、大丈夫です。髪の毛を売ったお金の残りがありますから」
正確には髪の毛やアクセサリーにドレスを売ったお金なのですがそこはきっちり申告しなくてもいいでしょう。私は司祭様に背中を向けてワンピースの前ボタンを外し下着の紐をゴソゴソと緩め、隠しポケットの中から金貨を一枚取り出しました。金貨は人肌に温まっていましたがそのまま司祭様に渡しました。金貨を渡された司祭様は微妙な表情をされました。
その晩は三段ベッドが二台置いてあるシスターたちの部屋でリリーと同じ寝床に寝かせてもらいました。かなり狭かったのですが疲れていたので直ぐに寝入ってしまいました。昨晩は牢屋の中で土間に座って過ごしましたしダース商会でしばらくウトウトしましたけれど寝不足でしたからね。
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燃えるような赤い髪に緑の目。それが私の知っているセイラ・パトリック子爵令嬢でした。大魔法使いと言って差し支えのない魔力量を持ち、学園の卒業試験の際には夜空一杯に色とりどりの炎の花を咲かせ王都の話題になった人物です。教会の仕事の一環で卒業試験に立ち会いましたから彼女は私を知っているはずなのですが。本日教会にやってきた彼女はまるで別人のようでした。記憶と真っ赤な髪は火の神の加護と共に失われたのでしょう。惜しいことです。
どうして加護を失ったのでしょう。数日分の新聞を読みこんでみましたが関係のありそうな記事は書かれていませんでした。
彼女が追放されるに至った事件は記事になっていました。加護を失ったことで起きてしまったトラブルでしょう。この考えを王城に伝えてみましょうか。ついでに関係者に話を聞いてみましょう。事実がもう少し明らかになるかもしれません。




