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教会で

 床の抜けた沐浴室の前にいます。教会で暮らす修道女がちょうど全員そろっていました。挨拶がまだだった四人のシスターを紹介していただき、私も丁寧に挨拶しました。


「セイラさん。洗浄の魔法を私たちにも使ってもらえますか?」

「はい。自分に使った事しかないのですがたぶん周りの人にも使える気がします」


 私の返事にシスターマリアは不安そうな表情を浮かべました。

「では、試しに私に使ってもらえますか?」


 そう言ったシスターマリアの体の中から水が湧き出す様子をイメージします。


「洗浄」

 あらあら不思議。シスターマリアの体の中から水が湧き出して体や服についていた汚れと一緒にバシャンと床に落っこちました。そしてたちまち乾いてしまいました。


 何でしょうね?洗浄の魔法を使うたびに可愛い声で説明が入るのです。効果音でしょうか?これって私以外にも聞こえているのでしょうか?


「さっぱりしましたわ。セイラさんありがとう。皆にも使ってもらえますか」

シスターマリアは効果音を気にしている様子がありません。聞こえているのは私だけですか?


「わかりました。では、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄」


 あらあら不思議。シスターあらあら不思議。シスターあらあら不思議。シスターあらあら不思議。シスターあらあら不思議。リリーの体の中から水が湧き出して体や服についていた汚れと一緒にバシャンと床に落っこちました。そしてたちまち乾いてしまいました。


 効果音が輪唱になって聞こえました。そこまで繰り返し説明を入れられると少しイラっときます。他にイラついている様子を見せる人はいません。シスターズはこんな些細なことでイラつかないのでしょうか?それとも聞こえているのが私だけなのでしょうか?


「ありがとうセイラさん」

シスターの皆さんやリリーがニコニコとしてお礼を言ってくださいました。

「お役に立てて何よりです。明日には沐浴室の床が直ると良いですね」


 私は明日の朝、王都から旅立つのです。洗浄の魔法が使えるのは今夜だけですからね。




 皆さんの後ろにくっついて礼拝堂に向かいます。無言でしずしずと進んでいきます。シスターの皆さんは足音さえ立てません。私のサンダルの音だけがぱたぱたと響いてとても気まずいです。


 礼拝堂に入り前の方から椅子に座っていきます。私はリリーの隣に座りました。正面の祭壇にはたくさんの明かりが灯してあります。明かりの真ん中に青く輝いているのは宝珠でしょうか?


「此処の教会は水の女神さまを祀っていますのでシンボルの青い宝珠を祭壇に掲げているのですよ」

リリーが小声で教えてくれました。


「水の女神さまは人の多く住まう場所を清潔に保ってくださったり流通を司ってくださったりすると言われています。ですから町場や商業地の教会で祀られることが多いそうです。農村では緑の宝珠がシンボルの風の精霊が祀られ、王城の神殿には雷の神を祀る金の宝珠が置かれているそうです。赤の宝珠は戦神としても知られる火の神で、兵舎や騎士団の宿舎には必ず祭壇があるそうです。剣や槍の道場などにも祀ってあるんですって」


 お祈りが始まるにはまだ時間があるらしくリリーはいろいろと教えてくれました。修道士の方々が少しずつ礼拝堂に集まって来ています。


「セイラさんは緑の瞳をしているので風の魔法を使うのだと思いましたよ。洗浄は水の魔法なので髪の色は水色ですか?」


「いえ、水色ではなくて…」

私はストールで髪を隠したままでした。お祈りする時に被り物はまずいかなと思い急いで脱ぎます。グルグルと巻き付けていたので脱ぐのが大変でした。

「短くしたので分かりにくいですけど赤っぽいような白っぽいような色なんです」

ピンクというのがなんとなく嫌で変な表現をしてしまいました。


「まあ、剃髪を済まされているのですね。私なんてなかなか髪を切る決心がつかなくて」

リリーは何か勘違いをしたようです。


「いえ、修道女を目指すための剃髪ではなく旅の費用が欲しくて売ったのですよ」


 そんな会話をしていたところ説教台に司祭様が上りました。礼拝堂に満ちていたざわめきがぴたりと止みます。私もおしゃべりを止めて姿勢を正しました。


 司祭様は抱えていた聖典を開き朗読を始めました。混沌の中で水の女神と風の精霊が出会い世界を創造するという神話の一節のようです。司祭様の朗読は声の強弱が絶妙で聞くものを虜にしていきます。冒険譚のような内容が面白くすっかり聞き入ってしまいました。


 物語の途中で朗読が止みます。時間の制限があるのでしょう。皆で水の女神への感謝を唱和して礼拝は終わりました。ぶっちゃけ続きが気になって仕方ありません。修道院にも同じ内容の書物があるでしょうか。続きを読みたいと思いました。


 礼拝を終え皆で食堂に移動します。リリーに案内されるままシスターズがいる長テーブルの端に着席しました。料理は礼拝の前からテーブルの上に並べられていたのでしょうか。冷めています。メニューは葉野菜の漬物。芋と細切り肉の炊き合わせ。黒っぽい色の薄切りパンです。


 ここでも水の女神への感謝を唱和します。それから食事を開始しました。見た目は貧相ですが量はたっぷりあります。皆さん漬物を黒いパンにはさんで食べています。真似してみたらコレはイケル!パサついたパンに漬物の水分が合わさってしっとりした食感に生まれ変わりました。漬物の酸味とパンのほのかな甘さが絶妙なハーモニーを…こほん。お腹が空いていたからでしょう。脳内で食レポが始まるほど美味しかったです。


 食事中のおしゃべりは許可されているらしく、どのテーブルもざわついています。リリーも私に話しかけてきました。


「セイラさんの洗浄の魔法はすごいですね。床に落ちた水が直ぐに乾きましたから風の精霊の加護もお持ちなのですよね。瞳が緑ですし」

「瞳の色と加護とは関係があるのでしょうか?」

「えっとぉ、五歳の時に教会で加護を調べてもらいますよね。その時に一通り説明を受けますし教わる機会は割りとあるのですが、セイラさんの故郷は王都とは違うのでしょうか?」

「昨晩から前の記憶がないのです。全部忘れている訳でもないらしくて言葉は分かりますし洗浄の魔法も使えました。名前や家族の記憶は無いのに昔読んだ本の内容とか変なことばかり記憶に残ったみたいです」


 実際、変ですよね。自分のことを「ざまあ路線の令嬢」などと思ったりしている割には明確な前世の記憶も無いのです。


「まあ、それはお気の毒です。五歳の誕生日が来ると教会で加護を調べてもらうのですよ。神様や聖霊は大勢いらっしゃいますがいずれかが加護をくださいます」

 

 リリーはお芋を突き刺したフォークを手にしたまま加護について教えてくれます。身振り手振りを交えて話すのでお芋が跳んでいきそうですね。


「生まれつきの魔力が多い人ほど神々に愛されると言われていて髪や瞳に色が現れます。色を持っている人はもらった加護に関係のある魔法が使えます。目や髪が黒や茶色の人は魔力が少なくて魔法が使えません。セイラさんが羨ましいです」


 リリーのフォークからお芋が跳び出し斜め向かいにいるシスターマリアの皿に落っこちました。シスターマリアは顔色も変えずにそのお芋を食べました。リリーはフォークを握り締めたまま口をパクパクさせています。


「リリーはもう少しお行儀を覚えましょう。今夜は当番の者と一緒に皿洗いをすること」

お芋を食べ終わったシスターマリアが口を開きました。


「セイラさんはこのあと私と一緒にいらっしゃい。加護を調べてみましょう」

どうやらリリーとの会話が聞こえていたようです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法の説明かと思ったら、まさかのエフェクト。>(あらあら以下略)
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