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教会に行く

 服屋のお姉さんに教えてもらった教会は直ぐに見つかりました。建物が大きく目立つ場所にありましたから。


 入り口にたどり着くまでに100段くらいの階段があってそこを登るのがきつかったです。権威ある建物って高台にありがちですよね。王城も坂の上にありましたけど。


 正面扉の近くにいたシスターに今晩泊めてもらえないかとお尋ねした所

「お話を伺いましょう」

と言って小部屋に連れていかれました。懺悔室という場所のようです。会話は可能なのに相手の姿が見えないように造ってありました。


「ここでの会話を神様がすべて聞いてくださります。あなたの悩みを正直にお話しください。私は此処におりますが聞こえたことは誰にも告げません。ただあなたが私に助けを求めた場合には教会の者として相談にのることもできますよ。あなたを害することは決して致しません。安心してお話しください」


 先ほど案内してくれたシスターの声が間仕切りの向こう側から聞こえてきました。優しそうな口調に誘われるまま私は昨晩からの体験を正直に全部話しました。昨日以前の記憶が全くないことも話しました。そのうえで今晩泊まるところを貸してほしいとお願いしました。


「それは大変でしたね。そうすると今晩だけでなく明日や明後日の宿にも困っているのではありませんか?」

「はい。そのとおりです。王都から追放されましたので期日までに出ていかなければなりません。とりあえずカンランの街に行って職を探そうかと思っています」

「職探しには身分証と紹介状が必要ですがお持ちですか?」

「えっと…身分証っていうか罪状を記された巻物と、娼館への紹介状なら持っています」

「まあ…それは…それは」

「・・・・・・」



 話していて辛くなってきました。現金を手に入れたり新しい服を買ったりして少しテンションが上がっていました。けれど、私は追放されているのです。住所不定無職の状態に変わりありません。カンランの街に行くという目的は出来ましたがその先は見えません。何とかなるのではないかと思い込もうとしていました。でも何とかなる可能性は恐ろしいほど低いのが現実です。


 懺悔室で現実に正面から向き合ってしまった私はこれ以上何を話して良いのか分からなくなってしまいました。



 ふと思います。『大黒の宿』は強盗殺人エンドとか猟奇殺人エンドのフラグが立っている場所だったのではと。


 背中に冷たい汗が流れます。


 少しの間を置いてシスターが話し始めました。

「修道院への紹介状でしたら教会から差し上げることが出来ますよ。カンランの近くに孤児院を経営している小規模な修道院があります。人手不足だったはずです。そこでしたら直ぐにでも働くことができます」

「働かせてください!お願いします!」


 地獄に落ちて仏に出会うとはこのことでしょうか。心に光が満ちました。ごめんなさい宗教違いですね。ここは教会でした。とにかく嬉しくなって、ちょっとばかり食い気味にお願いしてしまいました。娼館よりも修道院の方が生き残れる可能性が高いように思えます。


 娼館で働く場合お客さんに傷つけられたり病気をもらうことがあるでしょう。修道院が安全かどうかは分かりません。でも追放された令嬢が進む方向で死んでしまう可能性の一番低い道はこれのような気がします。


「どうか修道院に行かせてください」


「わかりました。では明日、朝食の前にはお渡しできるように書類を準備しておきましょう。セイラさんでしたね」

「ありがとうございますシスター」 

「シスターマリアと申します。こちらの教会には私を含めてシスターが五人見習いが一人おります。本日は私共シスターの暮らす棟に泊まっていただきますが、お祈りも食事も就寝もシスターと同じようにしていただくことになります。別棟には男性の修道士などが暮らしておりますから入り込まないように。よろしいですね」

「はい。泊めていただけるのですから邪魔にならないように気をつけます」

「よろしい。では懺悔室を出たらそのまましばらく待っていてください。見習いの者を案内に寄こしますので」


 泊めてもらえそうです。よかったぁ。この場所を教えてくれた服屋のお姉さんに感謝。紹介状までくれるというシスターマリアに感謝です。俗物なのでこの教会が何の宗教なのか存じませんが祀られているだろう神様にも感謝します。


 懺悔室を出ると間もなく十五、六歳の女の子がやってきました。

「セイラさんですね。私は見習いのリリーと言います。案内しますので一緒にどうぞ」 

ニッコリしながら声をかけてくれました。先ほどのシスターマリアと同じ灰色の修道服を着ていますが茶色の髪を首の後ろで一纏めにくくっています。見習いなので頭巾をかぶっていないようです。


「今から沐浴の時間になります。沐浴室ではお水で体を洗います。ご一緒にどうぞ。冷たいですが我慢してくださいね」


「おふぅ」


 変なうなり声を出してしまいました。お風呂でも温水シャワーでもなく水で沐浴ですか。ひょっとして修道院でも同じでしょうか?ちょっと心配になってきました。でも、生きていかれるなら贅沢を言ってはいけませんよね。心を励ましながら沐浴室に向かいました。


 あれ?前方が何やら騒がしいです。


「シスターマリア、セイラさんをご案内しました。皆さん揃ってどうしたのですか?」

「リリーご苦労様です。困ったことに沐浴室の床がとうとう抜けてしまったのです。だいぶ前から痛んでいましたものね。危なくて沐浴室を使うことが出来ません。清めをしなければお祈りできませんし。せめて洗浄の使い手がいればよいのですがウチの教会にはおりませんし。仕方ないですね今日は外の井戸で水を浴びましょうか…」


 沐浴室を覗き込んでいた四人のシスターとリリーの目から命の炎が消えました。沐浴室での水浴びだって冷たいのでしょうに、風が吹いて人目もある外でなんてかなり嫌です。わかります。その気持ち。今夜に限って私も運命共同体ですから。


「あのぉ私、洗浄の魔法使えますよ。やりましょうか?」


 シスターマリアを含む十個の目が一斉に私を見つめます。ちょっと怖いです。リリーの魂は抜けたままのようですが。


 嘘ではないと証明するために自分に向けて洗浄をかけます。

 あらあら不思議。私の体の中から水が湧き出して体や服についていた汚れと一緒にバシャンと床に落っこちました。そしてたちまち乾いてしまいました。


「おお神よ。沐浴室の床が抜けたこの日に洗浄の使い手を教会に使わされた奇跡。感謝いたします」

息を吹き返したリリーが膝をついて神に祈りを捧げはじめました。


 いやぁリリーさん、井戸での水浴びがものすごく嫌だったってことがよくわかりました。

ブックマークを付けてくださってありがとうございます。

評価までつけていただきまして感謝感激です。<(_ _)>


これを励みに頑張って次話に繋げます。

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