モンステラ
話が終わると馬車に乗せられ移動になりました。
馬車に乗ったのはクロム・ガーネットと名乗った外務局の役人とモンステラ族の族長を名乗る婆さん。そして私です。マイクは同行する荷車の上にいます。護衛の騎士が二人冒険者のような革鎧に身を包んで馬に乗っています。
「冒険者に変装してるつもりなんだろ。姿勢やしぐさでバレバレだけどな」
とマイクが言っていました。
モンステラ族の集落にたどり着くまでに三日かかりました。街道を走っていたのは最初の一日だけ。二日目にモンステラ族の一団(盗賊団にしか見えません)と合流し魔物の森から山に入りました。何度か魔物に襲われましたが無事に集落に到着しました。
「此処って帝国領ですよね」
「そうですね。密入国しています」
さらっと答えたのは役人のガーネット様です。馬車で山中を走っていた時には馬車酔いして青い顔をしていましたので何度か治療の魔法をかけました。集落についてから少し休んで元気になったようです。
集落から更に山の中へ徒歩で移動しました。
眼下に谷が見えます。
「この池に水を溜めて欲しいのさ」
婆さんの指し示す場所は土砂崩れで出来た天然のダムです。谷川がせき止められ水がわずかに溜まっています。
「谷をせき止めているのは自然に崩れた土砂ですよね。とても脆いように見えます。こんなところに水を溜めたら決壊して災害が起きますよ」
私の言葉に婆さんはゲラゲラと笑いました。
「若い娘にしちゃあ物を知ってるじゃないか。そうさ。鉄砲水を起こして欲しいのさ。下流に工場があるからね」
婆さんが嬉しそうにしています。
「この辺りをモンステラ族が治めていた頃にはね、こんな土砂崩れを見つけたら土を退かして災害が起きないように管理していたものさ。このままほっとけば次の雪解けの時期には勝手に決壊するだろうね。それを少し早くしてやるだけだよ」
ガーネット様は熱心にメモやスケッチを取っています。婆さんの話に驚いた様子もないので彼もそのつもりなのでしょう。
「帝国の奴らは人を征服することしか知らない。この場所で生きていくための知恵がない。木を伐り地を削り工場を建てている場所がどのくらい危険なのか知らない。そこへちょうどいい具合に軍隊が来ている。王国を攻めるための兵だろうね。そんな場所に鉄砲水が来たら面白いだろう?」
婆さんは完全に盗賊の頭らしい顔で笑っています。残忍で獰猛で冷酷で、目がギラギラしています。二年前馬車の中からマイクを切り裂いた時にもこんな表情は見せていませんでした。冷や汗が背中を伝っていきました。マイクが婆さんの前に立ちふさがりました。私を婆さんの目から隠すように。
「剣を抜くんじゃないよ。若いね。今のあたしは王国の庇護下にあるんだ。忘れてもらっちゃ困る」
マイクの右手が剣の柄にかかっているのを見て婆さんは言います。護衛の騎士達が剣に手をかけマイクを睨みつけています。
マイクは黙ったまま剣の柄から手を放しました。騎士たちは警戒を緩めません。
「あんたたちは此処で雨を降らせておくれ。あたしたちは工場から同胞を逃がさなきゃならないからね」
婆さんは連れてきた村人(手下)を引き連れて去っていきました。マイクが肩の力を抜きました。護衛の騎士も警戒を解きテントの準備を始めます。私たちは此処で野営をするようです。




